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少年殺人事件

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山口県光市母子殺害事件


事件概要
 1999年4月14日、当時18歳の会社員が、会社員・Mさん宅に侵入し、Mさんの妻(当時23歳)に乱暴しようとしたが抵抗されて殺害し、姦淫。泣き続けたMさんの長女(当時11ヶ月)も床にたたきつけ、首をひもで絞めて殺害した。

 同年4月18日、山口県警は殺人容疑で18歳少年を逮捕。5月9日、少年を山口家裁へ送致。6月4日、山口家裁は刑事処分相当として山口地検へ逆送。同11日、山口地検は少年を殺人、強姦致死、窃盗罪で山口地裁へ起訴した。




事件経過
日付 摘要
1999 04/14 山口県光市の会社員の妻(当時23歳)と長女(当時11ヶ月)が自宅で絞殺される
04/18 山口県警は殺人容疑で18歳少年を逮捕
05/09 少年を山口家裁へ送致
06/04 山口家裁は刑事処分相当として山口地検へ逆送
06/11 山口地検は少年を殺人、強姦致死、窃盗罪で山口地裁へ起訴




起訴状況

 以下の条文は、改正前の1999年4月14日当時の刑法の条文です。事件は1999年ですし、改正前の方が軽かったので、改正前の刑罰が適用されます。関連している法の条文を抜粋すると以下のようになります。

刑法 (1999年4月14日当時)

(強姦)
第百七十七条 暴行又は脅迫を用いて十三歳以上の女子を姦淫した者は、強姦の罪とし、二年以上の有期懲役に処する。十三歳未満の女子を姦淫した者も、同様とする。

(強制わいせつ等致死傷)
第百八十一条 第百七十六条から第百七十九条までの罪を犯し、よって人を死傷させた者は、無期又は三年以上の懲役に処する。

(殺人)
第百九十九条 人を殺した者は、死刑又は無期若しくは三年以上の懲役に処する。

(窃盗)
第二百三十五条 他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、十年以下の懲役に処する。


第十二条 懲役は、無期及び有期とし、有期懲役は、一月以上十五年以下とする。

第十四条 有期の懲役又は禁錮を加重する場合においては二十年にまで上げることができ、これを減軽する場合においては一月未満に下げることができる。

該当法 法定刑 量刑例
殺人罪 刑法第199条 死刑、無期、3年以上の懲役 主たる罪が殺人罪の場合

性犯罪と殺人などの罪の場合
強姦致死罪 刑法第181条 無期、3年以上の懲役
窃盗罪 刑法第235条 10年以下の懲役

※ 死刑がやむを得ない場合死刑執行方法

 本件で被告が問われている罪は、刑法改正によって重罰化されています。参考までに、現行法の条文を紹介しておきます。

刑法 (現行法)

(強姦)
第百七十七条 暴行又は脅迫を用いて十三歳以上の女子を姦淫した者は、強姦の罪とし、三年以上の有期懲役に処する。十三歳未満の女子を姦淫した者も、同様とする。

(強姦致死傷)
第百八十一条 
2 第百七十七条若しくは第百七十八条第二項の罪又はこれらの罪の未遂罪を犯し、よって女子を死傷させた者は、無期又は五年以上の懲役に処する。

(殺人)
第百九十九条 人を殺した者は、死刑又は無期若しくは五年以上の懲役に処する。

(窃盗)
第二百三十五条 他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、十年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。


第十二条 懲役は、無期及び有期とし、有期懲役は、一月以上二十年以下とする。

第十四条 死刑又は無期の懲役若しくは禁錮を減軽して有期の懲役又は禁錮とする場合においては、その長期を三十年とする。
2 有期の懲役又は禁錮を加重する場合においては三十年にまで上げることができ、これを減軽する場合においては一月未満に下げることができる。

更新日時:
2008年04月18日




最高裁が原判決を破棄した際の判断

光市事件における最高裁弁護人弁論要旨【1】
光市事件における最高裁弁護人弁論要旨【2】
鑑定書 山口光市母子殺害事件

光市事件における最高裁判決要旨

「何ら落ち度のない2人の命を踏みにじった犯行は冷酷、残虐で、発覚を遅らせようとするなど犯行後の情状も良くない。罪責は誠に重大で、特に考慮すべき事情がない限り死刑を選択するほかない」


「主婦に乱暴する手段として殺害を決意したもので、殺害は偶発的とはいえず、計画性がないことを特に有利な事情と評価できない」

「被告の言動、態度を見る限り、罪の深刻さと向き合っているとは認められず、犯罪的傾向も軽視できない」

「少年だったことは死刑選択の判断に当たり相応の考慮を払うべきだが、犯行態様や遺族の被害感情などと対比する上で、考慮すべき一事情にとどまる」

「計画性のなさや少年だったことを理由に死刑を回避した2審判決の量刑は甚だしく不当で、破棄しなければ著しく正義に反する」

 最高裁がこう判断した以上、事実認定や被告の反省や被害者遺族の感情が同じなら、差し戻された控訴審では、死刑判決に変えるしかありません。

 ただ・・・

 この内容からすると、死刑適用基準の中の遺族の被害感情と被告の犯行後の反省について書いてあります。もし、被告の反省の増加と被害者遺族の処罰感情の軽減を図ることが出来たら・・・ と僅かながらのチャンスを残してくれていたように感じます。
更新日時:
2008年04月18日




差し戻し控訴審での弁護団の主張

 同じなら、高裁は死刑判決にしないと、最高裁の判断に逆らったことになり、それこそ判例違反になります。

 死刑を回避するためには、死刑適用基準の何らかの要件の状況を変え、死刑が止むを得なくないとする必要がありますが・・・

光市事件弁護人更新意見陳述

 弁護団は、事実認定を変える方法を取りました。

 弁護団の主張だと、該当するのは、以下の罪になります。

刑法

(傷害致死)
第二百五条 身体を傷害し、よって人を死亡させた者は、三年以上の有期懲役に処する。

(死体損壊等)
第百九十条  死体、遺骨、遺髪又は棺に納めてある物を損壊し、遺棄し、又は領得した者は、三年以下の懲役に処する。

 この条文の傷害致死罪も法改正の際に対象になっていました。上記の条文は改正後の現行法の条文です。

 事件があった9年前の傷害致死罪の刑罰の方が軽かったので、法により、当時の規定が適用されます。

 ちなみに、改正前の傷害致死罪の刑罰は、2年以上の懲役になります。

 見ての通り、刑罰に死刑どころか無期懲役もありません。
更新日時:
2008年04月18日




この事件の差し戻し控訴審で思うこと・・・

これまでの事実認定 殺人罪 死刑、無期、3年以上の懲役
強姦致死罪 無期又は3年以上の懲役
弁護団の主張 傷害致死罪 2年以上の懲役
死体損壊罪(屍姦) 3年以下の懲役
(罰則は該当するのを入れてあります。)

 行為が弁護団の主張のようなら、確かに該当する罪になりますが、あまりにも、刑罰に落差があります。

 ネットで調べたら、1999年の第一審の初公判で検察が読み上げた少年の供述内容が出ていました。

 以下のようになっています。

漠然とですが、セックスをしたいと思いました。だから、業務用に持ち歩いているカッターナイフで社宅に住む婦人を脅し、粘着テープで手足を縛ってしまえばセックスができる、私は後ろから彼女を羽交い絞めにし倒して肩を押さえつけた。そして身体の上にまたがったが、彼女は大きな声で叫び、両足をばたつかせて抵抗しました。そこに赤ん坊がハイハイして近づき、母親の肩にしがみついて泣きはじめた。私は、殺してからヤレば簡単だと思い、手でのど仏を強く全体重を乗せて押さえつけました。やがて抵抗していた両手がパタッと開いて床に落ちた死んだと思いました。生き返るのが怖いので手と口を粘着テープで縛りました。私がセックスを終えた後も、赤ん坊は母親の肩にすがって泣いていました。最初はあやしましたが泣きやみません。今度は両手で抱え上げてじゅうたんに頭からたたきつけました。

 確かに、この内容なら、殺人罪と強姦致死罪が認定されても何の不思議もありません。

 それを、差し戻し控訴審で、弁護団は、傷害致死罪と死体損壊罪を主張していました。

 あまりの違いに、ちゃんとした根拠がある上での主張なのか? と思いました。

 もし、根拠があれば、事実認定が違うことになります。

 口では何とでも言えますから嘘もつけますので、私は検察・弁護団の言葉を信用しないのですが・・・^^;; 動かぬ証拠(遺体)からなら事実を判断できます。

 今回の事実認定の中に、被害に遭われた方の身体の状況で分かる強姦致死罪が入っています。

 殺人事件ですから、当然司法解剖をしているでしょうし、解剖所見でも出ていると思います。強姦の事実は、解剖所見の内容からでも判断可能です。

 人間の身体は窒息して息が止まっても、心臓が完全に停止するまでにはタイムラグがあります。心臓が少しでも動いていれば、血液が流れていますし、細胞も一気に死ぬわけではありません。

 強姦の場合は、無理やり姦淫するため、被害者の身体にいろいろな生活反応が残ります。

 生きている場合には、人間が持っている治癒能力で治っていきますので、痕は残りませんが(治癒に向かっている最中に亡くなった場合は、治癒反応としても残ります)、そのまま亡くなった場合には、皮下出血になった状態で残ります。

 その点屍姦の場合には、細胞も死んでいますし、血も流れていませんから、こういう生活反応が出ません。

 ちょうど、光市事件の弁護をされていた人のジオログがあり、強姦について記述してある記事がありましたので、HNをまさにして、質問としてコメント欄に入れてみました。

 (コメントの投稿が400字以内となっていますので、長文の場合は分割して入れてあります。日時の表示は、その文の最後を入れた時間にしてあります。)

死体に姦淫すれば、確かに屍姦(死体損壊)になると思いますが、瀕死の状態であっても死んでいなければ、死体になっていません。女性の性器部分は皮膚よりデリケートな粘膜になっていますので、姦淫した際には、無理に挿入しますから必ず炎症や内出血を起こします。屍姦の場合には、死んでいますので生活反応は残りませんが、強姦の場合は生活反応として残ります。屍姦と言われていますが、被害者の方を司法解剖した際の解剖所見との整合性はあるのでしょうか?
2008年4月16日(水) 01:39
解剖所見でも、生活反応の有無や態様から、死後の姦淫であろうとされています。
2008年4月16日(水) 13:42
 まさですが、コメントが長くなってしまいましたので、分けて入れさせてもらいます。

 一審から上告審まで、殺人と強姦致死が認定されているのに、今回の差し戻し控訴審での弁護団は、傷害致死と死体損壊(屍姦)を主張されていますので、非常に疑問に思いました。

 遺体の状況から分かることがありましたので、伺いましたが、「生活反応の有無や態様から、死後の姦淫であろう」と、正確にどうもありがとうございました。

 裁判に関係してみえる方々は、解剖時の写真を見ることも出来ますから、どういう状態だったのかも分かってみえると思いますが、私は、この言葉だけで判断するしかありません。

 この「であろう」というのが、曲者ですが・・・^^;;「生きている時に姦淫したら、かなり強い生活反応が残るのに、それほど強い生活反応が出ていないから、死後に姦淫したと推測する」。・・・と考えてみました。

 今までの裁判で認定された強姦致死罪と殺人罪については・・・ 羽交い絞めしてから姦淫するまでを、解剖所見から、途中で大きな間が空いていないので、一連の動作として判断した。

 被告が被害者を羽交い絞めにしてから扼死させるまでの間を刑法第177条の(暴行又は脅迫を用いて)の部分に当てはめているから、その後の姦淫は、一連の動作と判断し、生存中であれば当然のこと、死後でも、強姦になるという考え方で、被害者を死に至らしめているから、刑法第181条2項の強姦致死罪として認定かな? で、扼死の際の扼痕が強く残っていたので、殺人罪。強姦致死行為の一連の流れの中に殺人行為が入るので、強姦致死罪と殺人罪は観念的に競合。 かな?

 それに対して弁護団は、それぞれを別の行為として分けたので、被害者が扼死するまでを傷害致死、死体に姦淫したので死体損壊。 でいいのかな?

 この推測は、ただの一国民の推測ですから、一笑に付してくだされば結構です。

 上告までに認定された強姦致死と死刑の刑罰は、事件当時の9年前だと、刑法改正前になるから、強姦致死が、無期又は3年以上で、殺人が、死刑、無期、有期懲役3年以上 

 それに対して傷害致死が2年以上で、死体損壊が3年以下

(どちらも改正前のことなので、罰則については、記憶が定かでありません^^;;間違っていたらすいません ぺこ <(_ _)>)

 刑事事件の弁護士は依頼人である被告を守るのが仕事ですし、戦術として事実認定を変えるのも、刑事事件として当たり前のこと。ただ、刑罰にあまりに開きがありすぎて、悪意に取られてしまったように感じます。

 私は、何故こういう主張になったのが分かり、すっきりしました。これからも大変と思いますが、健康に留意し、ご自愛ください。

 どうもありがとうございました。 ぺこ <(_ _)>
2008年4月16日(水) 19:58
それと、本件では、無期懲役の1審判決に検察側だけが控訴しており、無期を死刑に変更するかどうかだけが問題となっています。
殺人ではなく傷害致死、ということになると、無期でも重すぎるということになり、刑を軽くする方向で一審判決を破棄するか、しかし被告人側が控訴していないのにそれをしていいか、という問題にも直面します。
そういう現実面のバランス感覚としても、裁判所は「殺意がなかった」とまで判断しにくいのではないか、という懸念をもっています。
無期を維持するのなら、強姦の計画性はなかった、とするあたりが「落としどころ」とされるのではないかと思っていました。
2008年4月17日(木) 10:18
>無期を維持するのなら、強姦の計画性はなかった、とするあたりが「落としどころ」とされるのではないかと思っていました。

 なるほど。戦術を過ったようですね。

 強姦致死の刑罰には、無期も規定してありますし、この事件に限らず、性犯罪に対する世間の風当たりは非常に強いです。(該当法も重罰化に改正されていますが、ここ3年くらいの判決例から見ても、以前に比較して明らかに重くなっているように思います)。

 無期を維持したかったのであるなら、強姦致死の認定事実を刑罰に無期以上の刑がない傷害致死や死体損壊に変えようという、裁判のテクニックばかりに重きを置くのでなく、もっと根本的なことに目を向けてもらいたかったですね。

 ちなみに刑法第38条 (罪を犯す意思がない行為は、罰しない。ただし、法律に特別の規定がある場合は、この限りでない)で謳っているように、した行為が故意でない場合は、それに該当する罪には問われません。

 計画性の有無、強弱については、故意であるかどうかを判断するための一つの基準だと思っています。

 人を死に至らしめる場合には、殺意(故意)を持って殺す場合もあれば、偶然(過失)でそういう結果になる場合もあります。ですので、故意かどうかを判断するために殺人の計画性が争点になる場合も多いと思います。

 ですが、強姦の場合の姦淫は、偶然姦淫したなんてことは、ありえません。何故なら、姦淫しようとしないと姦淫できないからです。姦淫という行為そのものから故意であるのは明らかです。

 強姦については、計画性の強弱によって、刑罰の軽重の判断材料にはなると思いますが、例え計画性が無くても、姦淫そのものが故意でないと出来ない行為ですから、罪を該当させることには、なんら問題ないと思います。

 強姦や強制わいせつの 暴行又は脅迫を用いて は、簡単に言って 無理やり になります。

 被害に遭われた方が生きている場合は、外面的に分かる暴行を受けても、人間が持っている治癒能力によって、治癒の方向に動いていきますから、その際の状況を証明する診断書や写真がないと無理やりであったのを証明しずらくなります。無理やりを覆せばいいので、同意が争点になります。
 
 それに対して被害に遭われた方が亡くなられた場合には、そのまま身体に痕跡が生活反応として残ります。姦淫が故意の行動ですから、身体の状況(残った生活反応)で強姦行為があったのを証明するのは容易です。

 刑法177条の条文では、暴行又は脅迫を用いて十三歳以上の女子を姦淫した者は、強姦の罪とし、・・・となっていますから、暴行したのと、姦淫したのが、同一人物であれば、条文の要件を満たします。

 被害に遭われた方が亡くなられているので、強姦致死になりますが、亡くなられているが故に、医学的根拠から立証しやすいので、強姦致死の認定を覆すのは不可能に近いと思います。

 ちなみに、暴行したのと姦淫したのが別々の人物であれば、それぞれの人がそれぞれのした行為によって罪に問われます(当たり前のことですが・・・)。

 仮に生体でなく死体になっている時点で姦淫した人がいたとしますが、その場合には、暴行又は脅迫を用いようにも相手が生きていませんから、死体に対して姦淫したことになります。

 死体になると死後硬直が始まります。そういう状態の身体に姦淫するという動き与えれば、死体に(生活反応がない)損傷を与えますから、死体損壊の罪に問われる可能性が出てくると思います。

 死刑制度反対を掲げている弁護士が弁護してるはずなのに・・・ なんで、被告に死刑判決が下りるように動いているのか? と不思議で仕方なかったです。

 死刑制度廃止を謳いながら、被告が死刑になるように誘導しているという構図は、あまりにも変な状況なので・・・ 死刑囚を増やすのに、何か意図があるのか? とも思いました。

 私は「何故こういう主張になったのが分かり、すっきりしました」と書きましたが、弁護士の姿勢に「意図がない」のが分かったからです。

 まだ判決は出ていませんが、弁護団の主張には無理があり、合理的な説明がつかないと考えざるを得ません。

 なによりも、こういう状況になったことで、光市事件の被告も ある意味では、被害者になってしまっています。

 しかも、死刑適用基準の見直し(適用の緩和)になるように、仕向けてしまっています。

 非常にやるせないですね。。。


 この 非常にやるせない という気持ちを持っている国民もいる ことを知ってもらいたかったので、長文になってしまいましたが、コメントを入れさせてもらいました。ぺこ <(_ _)>
2008年4月17日(木) 18:50

 とコメントを入れました。

 弁護士達に、意図がないのは分かりましたが、今回の一連の裁判によって、死刑適用基準を、1983年の永山基準の被害死者4人以上から、被害死者2人以上というように大幅に緩和させてしまうような状況に追い込んだのは、被告の情状だけでなく、関わった弁護士達の姿勢も大きく影響しているように思います。

 確かに、刑事裁判で被告の弁護をする場合には、被告の罪が軽くなるように、もっていくのが仕事ですが、そのためには何をしてもいいというわけではありませんし、世の中には、刑事事件の弁護士の立場や刑事裁判の実情を知らない人の方が多いです。

 今回の裁判に絡んで懲戒扇動問題というのも発生しましたが、今は、ネット全盛の時代です。

 メディアからの発信もそうですが、メディアだけでなく、個人がネットを利用して発信できますから、恣意的にも悪意を持ってでも、いくらでも情報を外部に流すことが可能な時代になっています。

 何故そういうことが起きたかを、考えてもらいたいですね。

 ただ、メディアでも、日本の刑事裁判の有罪率が高いのが、何故か?((検察が公判を維持できそうなの(有罪にもっていけそうなもの)を起訴してますから有罪率が高くなるのは当たり前なのに・・・)を分かっていないで(結果の数字だけで)コメントをする人も多いですからね^^;;

 検察も たまにポカをやるようですが・・・

 不起訴になっている事案の数を調べれば分かると思いますが・・・ (起訴率って公表していたかな?)

 刑事裁判の実情を全く分かっていないコメンテーターが、平然とコメントするのですから、呆れてしまいますが・・・ それも現状です。

 これからも刑事事件を弁護する方々は、大変でしょうが、今回の件だけでなく、これからもこういうことが起こり得ることを考えて弁護活動をしてもらいたいと思いますね。
更新日時:
2008年04月18日




この事件について感じたこと・・・

 先だってテレビで光市事件の被告にインタビューした内容をニュースの中で少し流していました。

 普段は、あまりテレビを見ないのですが、たまたまつけていたら聞こえてきましたので、PCの前から移動して見ていたのですが・・・

 質問形式のインタビューに対して被告が答えた言葉から、なんで弁護団は、こんな差し戻し控訴審をしたんだ?って、強く感じました。

 (弁護団の主張には合理的な説明がつかないと考えざるを得ませんから)あえて書きますが、あんな弁護をするくらいなら、罪と正面から向かい合い、どんな刑罰が下りても受け入れ贖罪の日々を送っていくという姿勢の被告を見せた状態で差し戻し控訴審に臨んで欲しかったと・・・

 差し戻し控訴審ですから、今更遅いと思う人もいるかもしれないですし、例えそのようにしたとしても上告の判断がありますから、同じ刑になったかもしれないですが、外野(弁護士も含めて)よりも当事者である被告と被害者遺族にとったら どれだけ良かったことかと思います。

 刑事裁判の弁護士は、確かに被告の量刑が軽くなるようにするのも仕事ですが、被告が罪と正面から向かうように諭すのも仕事だと思います。

 第一審後にとった行動の中に、無期懲役のことを書いていることがありましたが、無期懲役は年々延びていますが、事件当時でも仮出所までに21年ほどで、2004年からは25年(あくまで刑が確定してからの年数くらいで推移しています。被告が手紙に書いたような年数で到底出れる刑ではないです。

 しかも、無期懲役の無期は満期が無い。満期がないから仮出所しても、あくまで仮出所中という重い刑です。

 参考までに、ここ30年くらいの無期懲役刑仮釈放者の平均在所年数を紹介しておきます。

無期懲役刑仮釈放者の平均在所年数
(刑確定前の勾留日数を含まない)
1977年〜1988年 16年程度
1989年〜1996年 18年〜20年程度
1997年〜2000年 21年程度
2001年〜2003年 23年程度
2004年 25年10ヶ月
2005年 27年2ヶ月
2006年 25年1ヶ月
2000年以降 仮釈放者54人のうち51人が在所20年以上
(2003年以降では仮釈放者28人全員が在所20年以上)

 法務省大臣官房司法法制部発行の「矯正統計年報」および平成12年(2000年)10月3日の政府答弁書により、統計のある1977年から2006年までの無期懲役刑仮釈放者の平均在所年数

 被告が無期懲役について元々そういう認識だったのか、誰かから間違った知識を入れられたのかは分かりませんが、少なくとも、無期懲役に対する認識があれば、自分が問われた罪の重さをもっと早い段階で気づいていたでしょうし、あんな内容の手紙も出なかったように思います。

 インタビューの中で、結果の重大性については理解していると感じましたが、何故この罪に問われているのかが分からないような受け答えをしていましたので、? と思ったのですが・・・

 今回のやりとりで、どういう場合に強姦致死罪が適用されるのかを(非常に残念なことですが)肝心の方々が分かっていなかったようなので、致し方ないですが・・・

 弁護士自身が、動かぬ証拠(ご遺体)の解剖所見から、どのような罪に問われる可能性があるかを、被告が理解できるように説明し、被告が罪の重さをもっと早い段階で認識していたら・・・ 展開も違っていたのじゃないかと思います。

 謝罪したら罪を認めて、損するみたいに考え、謝罪しない人も多いですが、今のネット全盛時代では、いろいろな情報が飛び交いますので、刑事事件の場合は、その姿勢が逆効果になることが多いということを知っておいてもらいたいです。

 罪を犯した人が、死刑適用基準のボーダーの場合には、謝罪・贖罪の意味をよく理解し、第一審の最終弁論までに、第三者にも分かるように、行動として表すことが出来るようになれば、例え上告までいっても無期が選択されると私は思っています。

 何故なら、最高裁は死刑を適用する際に「犯行後の反省を過大評価するな」と釘を刺していますが、評価しないわけではありませんし、反省の気持ちが被害者遺族に届けば、適用基準にある「被害者遺族の処罰感情」も低くなりますので、謝罪しない場合より酌量要件が増すからです。

 ただし、口先だけの謝罪では相手の気持ちを動かすことは出来ません。謝罪の気持ちが被害者遺族の気持ちに届いて始めて処罰感情が低くなります。

 光市の事件は、被告が、罪と正面から向き合い、どんな刑罰になってもいいと正面から受け止め、贖罪の日々を送るという姿勢を第一審からしていれば、ごく普通の弁護士が弁護し、例え上告までいったとしても、今までの判例から考えれば、(18歳以上の少年・成人関係なく)無期懲役が相当になっていたと思います。

 罪を犯した人が、自分の犯した罪と向き合い、謝罪・贖罪の意味をよく理解し、そのように行動できるようになれば、多人数の被害死者が出てる事件は別としても、ボーダーにある事件の場合に、無期が選択される可能性が高くなりますので、自ずと死刑適用事件は減っていくと思います。

 今のような情報化社会においては、少なくとも以前のような刑事裁判のやり方では被告が不利になるだけだと思います。

 これからの刑事裁判の弁護士はどうあるべきか? を 現時点でもう刑事事件を弁護をされてみえる方々だけでなく、これから刑事事件の弁護士を目指そうと思われている方々には、を考えてもらいたいと思いますね。
更新日時:
2008年04月19日




この事件での死刑適用基準について・・・

 22日に差し戻し控訴審判決公判で被告に対して死刑判決が出たのですが、弁護団が上告手続きを公判後すぐにしたようです。

 ちなみに最高裁へ上告する際には、それなりの上告事由が必要になります。

刑事訴訟法

第四百五条  高等裁判所がした第一審又は第二審の判決に対しては、左の事由があることを理由として上告の申立をすることができる。
一  憲法の違反があること又は憲法の解釈に誤があること。
二  最高裁判所の判例と相反する判断をしたこと。
三  最高裁判所の判例がない場合に、大審院若しくは上告裁判所たる高等裁判所の判例又はこの法律施行後の控訴裁判所たる高等裁判所の判例と相反する判断をしたこと。

第四百六条  最高裁判所は、前条の規定により上告をすることができる場合以外の場合であつても、法令の解釈に関する重要な事項を含むものと認められる事件については、その判決確定前に限り、裁判所の規則の定めるところにより、自ら上告審としてその事件を受理することができる。

第四百七条  上告趣意書には、裁判所の規則の定めるところにより、上告の申立の理由を明示しなければならない。

第四百八条  上告裁判所は、上告趣意書その他の書類によつて、上告の申立の理由がないことが明らかであると認めるときは、弁論を経ないで、判決で上告を棄却することができる。

第四百九条  上告審においては、公判期日に被告人を召喚することを要しない。

 弁護団が上告する際の事由に、永山基準の永山判決に違反するということで、刑事訴訟法第405条二の判例違反を上告事由にしたみたいです。

 永山基準、死刑適用基準、死刑選択基準は、基準という言葉を使っていますが、刑罰として死刑を選択する場合には、慎重にしすぎてもしすぎることはありませんから、判断材料としての要件を分かりやすく挙げたものだと思っています。

 永山基準と言われる、永山判決にも、要件について書いてあるだけで、何人以上の場合には死刑ということが書いてあるわけではありません。

 他のページにも挙げていますが、1983年の永山判決以降にも、死刑を選択する際の要件として追加されていますので、今は以下の11の要件があります。

 1 犯罪の性質
 2 殺人の計画性
 3 犯罪の主導性
 4 犯行の動機、及び動機への情状
 5 犯行態様、特に殺害方法の執拗性、残虐性
 6 結果の重大性、特に殺害された被害者数

 7 遺族の被害感情
 8 社会的影響
 9 犯人の年齢
 10 殺人の前科

 11 犯行後の情状
 12 犯行後の反省

 (犯行時のことで、年月が経過しても変わらない要件を太字にしてあります。)

 要件に挙げられている被害死者数も1要件ですし、加害者の年齢、殺人前科の有無も1要件です。ただし、どの要件がどれくらいのウェートを持っているのかは謎です^^;;

 ですが、これらの中には、犯行時のことで、いくら年月が経過しても変わらないのもありますが、逮捕後、起訴され、刑が確定するまでに変わっていくのもあります。

 ちなみに、8 社会的影響は、被害者の立場が加害者から見て公共性が高いか低いかですので、被害者加害者の関係が身内であれば、公共性は低くなりますし、まるっきり縁がない第三者とか無差別殺人のようだと誰が被害者になるか分からないので公共性が高くなるというようになります。懲戒扇動みたいな社会的影響とは意味が違いますので、これも変わらない要件の方に入れてあります。

 私は、刑法改正後にどれくらい重罰化になっているのかを実際の判決で見て分かるように、ネットで判決例が配信されるようになった2005年6月くらいからデータとして残していますが、光市事件の上告審で破棄差し戻しの件も、そんな中でありました。

 ニュースで配信された内容だけですが、最高裁の判断を見た際に、「被告の言動、態度を見る限り、罪の深刻さと向き合っているとは認められず、犯罪的傾向も軽視できない」「少年だったことは死刑選択の判断に当たり相応の考慮を払うべきだが、犯行態様や遺族の被害感情などと対比する上で、考慮すべき一事情にとどまる」とありました。

 遺族の被害感情というのは、元々要件に入っていましたが、それほど重視されていたとは思えないような判決が多くありましたので、ようやく被害者遺族の感情も要件としてそれなりのウェートを占めるようになったんだな。とその当時に感じました。

 なにしろ1983年の永山判決以来、少年に対する死刑判決は、犯罪態様も悪く、遺族の処罰感情がいくら大きくても、4人以上の場合にしか適用されてこなかったという事実がありますから、すごい判断だと思いました。

 旧一審二審で事実認定を争ってこなかったという事実があるのですから、要件の内の不変な部分については何ともしようがありません。ですが、最高裁のこの判断だと、7 遺族の被害感情 と 12 犯行後の反省 という、状況次第によっては変わる要件について言っています。

 光市事件の被告の動向によっては、最高裁が破棄差し戻しを決めてから差し戻し控訴審までの間でも、この2つの要件は変動しますから、もし、死刑を回避するのなら、ここしか無いな。と思いました。

 差し戻し控訴審では、この2つの部分について、逆効果となるような状況でしたので、裁判官にしてみたら、変動する部分だし、最高裁の判断でも残しておいてくれた部分だから、そこに死刑回避するための情状を見出そうにも、見出せなくなってしまったと思います。

 あの判決理由の中の「死刑の選択を回避するに足りる特に酌量すべき事情を見いだす術もなくなったというべきである。」という言葉が、裁判官の素直な気持ちを表していると思いました。

 (あくまで私が集めた刑法改正されてからの3年くらいの間の、殺人罪、強盗殺人罪適用事件になっている約500例ほどのデータの中からですけど)要件を当てはめてみて考えているからでしょうが、死刑が止むを得ないと思われる事件については、被害死者が1人でも死刑判決(求刑死刑)が出ていますが、当てはめてみても死刑が止むを得なくないと思われる場合には、被害死者6人でも無期懲役(求刑無期懲役)になっていますし、罪質が悪い強盗殺人未遂罪は、被害死者ゼロでも無期懲役になっていた場合がありました。

 ちなみに、この6人というのは、無理心中で殺人罪適用が5人、嘱託殺人罪適用が1人を合算していますから、一概には言えませんが、被害者は家族ばかりでした(家族だけですので、公共性は低くなります)し、被害者遺族=被告になったのですが、自分を死刑にして欲しいと言っていましたし、犯行後猛省していたようです。被告だった人の年齢を考えると、寿命で死ぬ日が来るまで、贖罪の気持ちを持って自分が手をかけた家族の御霊を供養するよう無期懲役になったような気がします。

 判例違反という見方をすると、永山判決以降少年犯罪に対して、4人以上の場合にしか死刑は適用されてこなかったという事実はありますが、3人以下でも死刑適用基準の要件と照らし合わせて刑罰に死刑が止むを得ないという判断に至れば、どうしようもないと思います。

 なにしろ、死刑判決になった事例は、永山判決だけでなく、いくらでもありますし、それらは、全て要件と照らし合わせ、死刑が止むを得ないという判断に至った事例ですから、今回のようにあれだけ丁寧に要件について押さえてあるようでは、手も足も出ない状況と同じですからね。

 相手に対する思いやりの気持ちがあれば、罪を犯すようなことや罪に問われてしまうような行為をすることも減ると思うのですが・・・

 死刑という刑罰に該当する(該当してしまう)ような犯罪行為を犯す(犯してしまう)人が、少なくなるような世の中に早くなってもらいたいと心から願いますね。
更新日時:
2008年04月24日




上告判断が出るまでに、間に合えば・・・

 光市事件の差し戻し控訴審判決が出てから、自分達が見誤った部分に気づき、何とかすべく動かれている弁護士の方がいます。

 その弁護士は、もう弁護団から離れていますが、元は弁護団に入っていた人です。被告人の命を助けられたかも知れないという立場の人です。

 しかも、被告の心の状況を一番分かっていたと思われる人ですから、最高裁の際の判断を読み誤らないで、被害者遺族(特にM氏)の感情を読み誤らなければ、差し戻し控訴審裁判のやり方次第によっては、死刑回避が出来たかもしれなかったと思います。

 残されたのは法律審の上告審だけですし、例えその命を助けられる可能性が1%以下かもしれませんが、まだ刑は確定していません。

 その命を助けられたかも知れないという立場の人が、読み誤った場所に気づいたら、どうするべきなのでしょう?

 その人の人間性の違いにもよると思いますが・・・ その部分に蓋をして、ひたすら沈黙を守り動かない人もいれば、中には自分で出来る限りのことをしようと動く人もいると思います。

 死刑は、言うまでもなく、その人の命が無くなる刑罰です。

 動かなければ、時間が経過し、上告棄却によって、刑が確定してしまいますし、いずれ刑の執行も行われてしまいますから、そうならないためには、動くしかないと思います。

 仮に弁護士生命をかけたとして、最悪でも弁護士バッヂが無くなるだけのことで、本当の命が無くなるわけではありません。人の命を助けるためにとる行動と比べれば、どちらを優先すべきかは言うまでもありません。

 その弁護士がブログで書いていることを読んでいると、そういう動きをしているのだなと感じます。

 この事件には、いろいろな方々が関わってみえるのですが、どちらかと言うと自己主張の方が強く、人の話を聞かないとか、聞く耳を持たない方が多かったために、最高裁判事の心・被害者遺族の心・一般大衆の心など人の心を読むことが下手な方が多くみえるように感じました。

 例えば、通常の刑事裁判で被告の利益のために用いられる被害者の落ち度を突く行為(被害者攻撃)が、光市事件裁判の場合は、法廷内だけでなく法廷外でも多くあったように思います。

 刑事事件の場合には、事件が起きた背景で、被害者にも原因がある場合もありますから、被害者の落ち度を突くことで刑の軽減をはかることは多いですが、光市事件の場合は、被害者・加害者の関係から、被害者(被害者遺族)には、何の落ち度もありません。

 刑事裁判は、こういうものだという認識を持っている人達からすれば、普通のことであっても、刑事裁判を知らない多くの人が、そういう行為をする者に対して、良い印象を持ちません。特にこの事件では、被害者・被害者遺族には、何の落ち度も無いので、絶対に触れてはいけない部分です。

 それでもそれをするのですから、した人達は、そのことに気づいていないとしか思えないです。

 落ち度が無いのに、二次被害・三次被害に遭うので、被害者遺族の処罰感情が峻烈になって当然です。

 メディアの多くもこの事件を取り上げましたし、ネットでも多くの情報がありますから、自分が被害者遺族の立場になったらと考え、少しでも被害者遺族の力になればと行動された方も多くみえると思います。

 確かに遺族のM氏の処罰感情も当初は峻烈になっていたと思いますが、長い年月の間に犯罪被害者参加制度導入などいろいろと司法制度改革となることにも尽力されてきました。

 M氏の(差し戻し控訴審判決後だけでなくそれ以前のも含めての)コメントでは、死刑云々よりも、被告に犯した(犯してしまった)罪の重さに向きあって欲しいという思いの方が強く私には感じました。
 被告が犯した罪と向き合い、猛省すれば、当然のことながら行動にも表れてきます。その姿(更生の可能性)を見たかったのじゃないかな?と感じました。

 たぶん罪に対する罰って何のためなのかを考えられたからだと思いますが、普通なら峻烈のままなのを、被告の言動次第では、法廷での自分の言葉をも変えようとしていたことが伺えます。

 M氏もいろいろと葛藤があったと思いますが、そこまでになられたというのは、相当の精神力だと思います。「罪を憎んで人を憎まず」という言葉がありますが、同様なことが自分の身に降りかかってきたとしたら、私はそこまでになれる自信はありません。

 光市事件は、犯行時少年でしたが、逆送され、起訴されている以上、成年の事件と同様に考えるべき事件です。成年同様に考えると、罪責からすれば、無期懲役、死刑のどちらが選択されても不思議でないボーダーの事件になると思います。

 ボーダーにあるような事件の場合の死刑が止むを得ない場合と死刑が止むを得なくない場合の違いを考えると、当事者である被害者遺族の処罰感情が緩くなることと、加害者が犯した罪の重さに向き合い、2度とこういうことはしないという姿勢(被告がそれをアピールできるのは法廷だけしかありません)が、見られない場合と見られる場合の違いのような気がします。

 最高裁の判断に当てはめて考えても・・・

 被告が罪の深刻さと向き合い、猛省し、それを言動に表せれるようになれば、その気持ちが遺族に届くだろうし、届けば遺族の意見陳述の時も、それなりの言葉になると思いますから、罪責は誠に重大でも、特に考慮すべき事情が発生するので、死刑が止むを得なくないになると思います。

 もうすぐ犯罪被害者参加制度、附帯私訴制度、裁判員制度が始まりますが、適用事件の際に被害者の落ち度を指摘しなければならない事件もあれば、中には被害者の落ち度が無い事件で指摘をしてはいけない場合もあると思います。

 被告を守る立場の弁護人からすれば、同じ行為であっても、被害者の落ち度がある場合は、指摘することが被告人の利益につながりますが、落ち度がない場合には被告人の不利益に繋がってしまうことだってあります。

 被告の心の状況を分かっていた今枝弁護士は、その命を助けられたかも知れないという立場の人ですから、被害者遺族の思いを知り、最高裁での判断や差し戻し控訴審での判決内容を読み 相当悩み苦しんだと思います。

 なにしろ、被告人を守る立場の弁護団にいたのですから、今は弁護団から離れていても、この事件に関わっていない他の弁護士達とは全然立場が違います。

 上告事由が判例違反では、上告棄却を免れるのは限りなく不可能に近いと思いますので、刑が確定するまでには、時間があるようでありません。

 今、その弁護士がしていることは、はたして死刑回避が出来るかどうかは分からないにしても、可能性が少しでもあるならと、自分が出来る精一杯のことを必死になって動いている状態だと、私には見えますし思えますね。
更新日時:
2008年04月29日




反省と謝罪について・・・

 この事件での差し戻し控訴審では、刑罰に死刑が選択されました。

 この事件の被告は、犯行時少年でしたが、死刑が適用可能な18歳以上でしたので、成人と同様に考えると、罪責からすれば、死刑か無期懲役かのどちらが選択されても不思議でないボーダーの事例に思います。

 第一審、控訴審では無期懲役刑が選択され、上告審で原判決を破棄、高裁へ審理を差し戻しとなり、差し戻し控訴審では、死刑が選択されました。

 死刑は文字通り、罪を犯した人の死をもって罪の償いをしますが、何故その刑罰が選択されるに至ったのか、非常に大切なことを教えてくれたように思います。

 判決に死刑を選択する場合に、よく使われる言葉として、「死刑が止むを得ない」という言葉があります。

 いくら更生の可能性があっても、罪責が重すぎれば、死刑を選択せざるを得ないですが、ボーダーの場合には、どちらが選択されても不思議でありません。

 (もう、どうしようもないから) 死刑が止むを得ないので、死刑を選択

 (まだ、真人間としてやり直せる可能性があるから) 死刑は止むを得なくないので、無期懲役を選択

 と単純に考えてみました。

 真人間としてやり直せる可能性を、どういう所から判断するのか?

 現に犯した罪は、事実として残っていますから、被害に遭われた方(遺族)に誠心誠意謝罪をすることしかありませんが、今後の生き方については、自分の気持ちの持ち方次第で何とでもなります。

 ですので、まず、己が犯した罪と向かい合い、犯した罪の深さを認識し、心からの謝罪の気持ちを被害者遺族に対して言動として表せること。

 そして、欲望(金に対する欲望、性欲)を己の精神力で自制するようにし、二度とこういう過ちを繰り返さないという決意をすること。

 第三者から見て、この2つが被告の言動から伺えるようになれば、真人間としてやり直せる可能性を見出せると思います。

 それにしても、相手に対して悪いことをしたのなら、反省し謝罪をするのは当たり前のことなのですが・・・ そんなに難しいことかなぁ・・・
更新日時:
2008年04月30日




差し戻し控訴審が、ああなってしまったのは・・・

 私は、被告は嘘をついていないし、弁護団も捏造していないと思っています。

 ただ、被告の記憶が書き換えられてしまっていたために、Y弁護士に話した被告の新供述が、他の証拠との整合性がとれない形になったと思います。(記憶が書き換えられているので合わないのが当たり前なんですが・・・)

 分かりやすく言うと、被告にとってみたら事実であり、嘘ではなく、真実でもないという感じになります。

 人間は、自分の人生が変わってしまうような大きな事が起きると、それさえ無ければ今の自分の状態は無かったのだからと、無意識にそのことを何とか忘れるべく蓋をしようとする場合があります。

 頭では思い出したくないのに、つい思い出してしまうという状態が続くために、本来はこうであったのが、こうであればいいと思うようになり、こうであればいいと思ったことを続けていると、そのこうであればいいと思ったことが実際にあったこととして書き換えられてしまうことがあります。

 実際にあった時の記憶が奥の方に押し込められて、自分でこうであれば良かったと思う記憶が真実の記憶をオブラートに包んで、手前に陣取ってしまう形です。

 この書き換えられた記憶でも2人を死に至らしめた行為として認識していますから、同様に思い出したくない記憶になります。ですのですぐに思い出せるような位置にあるわけでなく、(真実の記憶よりは手前ですが)奥の方になっています。

 この被告の場合は、起訴されてから、前回の上告の口頭弁論前までの長い期間ずっと自分を否定され続けていました。当初は確かに手紙等で稚拙さがありましたが、徐々に死刑の可能性が強くなっていき、相当な恐怖(ストレス)が襲うようになったのは容易に推測できます。だんだん悔悟の気持ちが強くなっていくのですが、その都度思い出してしまうので、無意識でそうなってしまったように思います。

 脳の記憶のメカニズムやストレスが脳に与える影響などを調べられると分かると思いますが、通常の脳内での営みです。

 上告の口頭弁論前に被告がY弁護士に話した際の状況、被害者遺族にまず謝罪・贖罪したいということを教誨師に話したこと、私が判決前にテレビで見たインタビューでの被告が話した内容などから、後悔、悔悟、反省の気持ちがあると、こういうことが起こる場合もあるので、もしかしたら、そうじゃないのかな?ということを感じました。

 私は、直接被告に会って話したわけではないので、あくまで推測ですが・・・

被告が真面目に話したから、Y弁護士は信じた。
(被告の脳内記憶の書き換えに気づかず・・・)
上告審第一回口頭弁論 (2006年3月) Y弁護士ドタキャン
被告の話の内容では、起訴事実が違うので、証拠から事実認定の違いを指摘して、死刑回避を図ろうとした。
上告審 原判決破棄、特段の事情がない限り死刑相当とし、高裁へ審理差し戻し
(判決文を完全に読み誤り・・・)
より深く調査するために、証拠の鑑定もした。
裁判が始まり、傷害致死と死体損壊の主張をした。
(被害者遺族の感情を完全に読み誤り・・・)
 弁護側の主張では、いろいろな証拠との整合性がなく、公判での被告の姿勢によって返って心証が悪くなり、反省の色なしで死刑判決が下る。
(死刑判決という最悪の結果を招いた。。。)

 こういう流れになってしまったと思います。

 有名な事件の裁判だったために、情報が多く出て、私のようなまるっきりの第三者でも推測可能な状況になっていました。

 死刑制度廃止を掲げる弁護士集団である弁護団が、何故、被告が死刑になるように動いていたのか不思議で仕方なかったのですが・・・ こう考えると、割とすんなりいきます。


 被告も嘘をついていない。弁護団も捏造していない。

 被告にも弁護団にも、他意も恣意も悪意も無かった。

 でも、いろいろと読み誤ったために、死刑判決が下るようにしてしまった。。。

 結果的に、死刑制度廃止派の弁護団が、被告が死刑判決になるように弁護した形になり、前代未聞の大失態をしたことになります。


 被告が、罪と向き合い反省していたのですから、より深く反省をし、それを前面に出して、被害者遺族に対して謝罪し、「どんな刑になろうとも受け入れ、これから贖罪の日々を送っていきます。」としていたら・・・

 少なくとも鬼畜というレッテルは剥がれていたでしょうし、人として更生の可能性も見出すことができますから・・・

 もしかしたら、被害者遺族に気持ちが届いて、死刑回避出来たかも知れないのにね。。。

 残るは上告審だけですが、上告審で仮に口頭弁論が開かれたとしても、被告が法廷に出ることはありません。

 被告が罪と向き合っている姿勢を見せる機会もないので、死刑判決が覆る可能性も限りなく低いのですが・・・ せめて「鬼畜」のレッテルだけは、なんとか剥がしてあげてやって欲しいです。

 現弁護団の21人は、死刑判決が下った差し戻し控訴審判決まで在籍していたのですから、それをするのも無理ですが、控訴審判決前に弁護団を抜けた弁護士が1人います。

 死刑回避が難しくても、被告の「鬼畜」のレッテルを剥がし「人」にすることは、その抜けた1人が上告審の弁護人を受け持てば、まだ可能性があります。

 21人の弁護団は、自分達の落ち度を潔く認め、被告に謝罪し、被告のために弁護人を潔く退くこと。

 弁護団が退いた後の被告の弁護人については、その抜けた1人が引き受けて上告審に臨むのが、被告にとってはベストですから、そうなることを願いますね。
更新日時:
2008年05月07日




第2次上告審

第2次上告審:最高裁第1小法廷(金築誠志裁判長)
日付 摘要
2012 01/23 (口頭弁論)
02/20 (判決) 最高裁第1小法廷は、差戻し控訴審の死刑判決を支持し、元少年側の上告を棄却
03/01 弁護側は、最高裁へ判決の訂正を申立て
03/16 最高裁第1小法廷は14日付で、死刑判決に対する被告側の訂正申し立てを棄却する決定

口頭弁論
 弁護人は、強姦目的の計画性や殺意を否認した差し戻し控訴審での元少年の新たな供述について、独自に事件の再現実験と、法医学や心理学の専門家鑑定を実施。これらの結果を基に「新供述こそが真実で、差し戻し控訴審の認定は誤り」として、「元少年の深刻な精神的未熟さを無視せず、特性を理解して審理すべきだ」と訴えた。

 検察側は「結果や遺族の処罰感情などに照らすと刑事責任は誠に重大。死刑を回避すべき特段の事情は何ら認められない」とした。

 ・元少年の再上告審弁論が結審 光市の母子殺害事件 - 共同通信(2012年1月23日)

判決
 最高裁第1小法廷(金築誠志裁判長)は、「被害者の尊厳を踏みにじった犯行は冷酷、残虐で非人間的な行為だ。被告は殺害態様などについて不合理な弁解を述べており、真摯な反省の情をうかがえることはできない」と指摘。その上で、「犯行時少年であったことや、更正の可能性もないとはいえないことなど酌むべき事情を十分考慮しても、刑事責任はあまりにも重大」と述べ、死刑判決はやむを得ないとした。

 ・最高裁が上告棄却 元少年の死刑確定へ - 産経新聞(2012年2月20日)
 ・元少年の死刑確定へ 上告棄却、死亡被害者2人で初 適用議論に影響、最高裁 - 共同通信(2012年2月20日)
更新日時:
2012年03月16日




被告の判決状況

氏名 審理 検察求刑 判決 裁判所 日付
福田孝行
(現姓大月)
第一審 求刑死刑 無期懲役   山口地裁 2000/03/22
控訴審 控訴棄却 判決文 広島高裁 2002/03/14
上告審 二審破棄 高裁へ審理差戻し 判決文 最高裁第3小法廷 2006/06/20
第2次控訴審 一審破棄 死刑 判決文 広島高裁 2008/04/22
第2次上告審 上告棄却   最高裁第1小法廷 2012/02/20


広島高裁差し戻し控訴審での判決要旨 (2008/04/22)

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