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西新橋「耳かき店員」ストーカー殺人事件


事件概要

 2009年8月3日午前8時50分頃、港区西新橋の21歳耳かき店店員方に侵入して、1階で無職の78歳女性をナイフで刺殺。2階で21歳女性を別のナイフで刺し重体となった。

 警視庁愛宕署は、41歳元会社員を現行犯逮捕。翌4日午後、殺人、殺人未遂などの容疑で41歳容疑者を東京地検に送検。東京地検は、24日、殺人、殺人未遂などの罪で東京地裁に起訴した。

 約1ヶ月後の9月7日午前、重体となっていた21歳女性が入院先の病院で死亡。死因は頸部損傷による全身の状態悪化だった。
更新日時:
2010年10月29日




起訴状況

刑法

(殺人)
第百九十九条  人を殺した者は、死刑又は無期若しくは五年以上の懲役に処する。

(住居侵入等)
第百三十条  正当な理由がないのに、人の住居若しくは人の看守する邸宅、建造物若しくは艦船に侵入し、又は要求を受けたにもかかわらずこれらの場所から退去しなかった者は、三年以下の懲役又は十万円以下の罰金に処する。


銃砲刀剣類所持等取締法

第三十一条の三  第三条第一項の規定に違反してけん銃等を所持した者は、一年以上十年以下の懲役に処する。この場合において、当該けん銃等の数が二以上であるときは、一年以上十五年以下の懲役に処する。

罪名 該当法 法定刑 量刑例
殺人罪 刑法第199条 死刑、無期、5年以上の懲役 主たる罪が殺人罪の場合

ストーカー殺人の場合
住居侵入罪 刑法第130条 3年以下の懲役、10万円以下の罰金
銃刀法違反(所持)の罪 銃刀法第31条の3 1年以上15年以下の懲役

※ 死刑がやむを得ない場合無期懲役仮釈放者の平均在所年数
更新日時:
2010年10月29日




時系列
2009 08/03 午前8時50分頃、港区西新橋の21歳耳かき店店員方に侵入。1階で無職の78歳女性をナイフで刺殺。2階で21歳女性を別のナイフで刺した。21歳女性は重体に。
警視庁愛宕署は、41歳元会社員を現行犯逮捕。
08/04 午後、殺人、殺人未遂などの容疑で41歳容疑者を東京地検に送検
08/24 東京地検は、殺人、殺人未遂などの罪で東京地裁に起訴
09/07 午前、重体となっていた21歳女性が入院先の病院で死亡。死因は頸部損傷による全身状態の悪化
2010 10/19 第一審 初公判
10/25 第一審 論告求刑公判 検察側は、被告に対して死刑を求刑
11/01 第一審 判決公判  裁判長は「身勝手で短絡的な動機に基づく犯行だが、極刑に値するほど悪質なものとはいえない」などとして無期懲役判決を言い渡し
11/12 東京地検は「判決内容を精査して検討したが、死刑を選択しなかった裁判員裁判の判断を尊重すべきだと考えた」として、控訴を見送ることを決定
11/16 検察・弁護側共に控訴期限の15日までに控訴せず、午前0時、無期懲役とした東京地裁判決が確定
更新日時:
2010年11月16日




公判関係

第一審 東京地裁(若園敦雄裁判長)
日付 摘要
2010 10/18 裁判員選任手続き
10/19 初公判 (検察・弁護側冒頭陳述、証拠調べ)
10/20 第2回公判 (耳かき店の男性店長ら4人の証人尋問)
10/21 第3回公判 (弁護側、検察官の被告人質問)
10/22 第4回公判 (検察側の被告人質問、精神鑑定医や被告の母親に対する証人尋問、遺族の意見陳述)
10/25 第5回公判 (精神科医の証人尋問、論告求刑、最終弁論)
検察側は、被告に対して死刑を求刑
11/01 第6回公判 (判決) 無期懲役判決 
※当初予定していた判決言い渡しの時間を11月1日の午前11時から午後3時半に変更(10月29日)
更新日時:
2010年11月1日




第一審の検察側の論告要旨

 検察側の論告要旨は次の通り。

 裁判官、裁判員には、林貢二被告の情状を総合的に考慮し、罪と罰の均衡や犯罪予防の見地から、極刑がやむを得ない場合かどうか判断してもらうことになる。被告は相手が意に沿わなくなったから殺害した。恨まれ、今回のように殺害されてしまう事件は誰の身にも起こりうる。このような事件に司法がどのような態度で臨むか。それはわれわれがどのような社会を望むかということと密接に関係する。

 この犯罪の性質は、一方的に恋愛感情を抱いた相手に受け入れられなかったという身勝手極まりない理不尽な動機から、付きまとい行為をした上、全く落ち度のない2人の女性を連続して殺害したというものだ。

 自分に問題があって耳かき店への出入りを拒否されたのに、自分を省みず一方的に江尻美保さんを憎んで殺意を抱き、邪魔と考えた祖母の鈴木芳江さんも殺害した。動機は極めて身勝手かつ自己中心的。

 被告は、高齢の鈴木さんの頭部をハンマーで殴打し、首や顔を果物ナイフでめった刺しにし、ベッドで寝ている江尻さんに襲いかかってペティナイフで首を突き刺した。犯行態様は極めて執拗、残虐で、殺意も強固。計画性も認められる。

 被告は、落ち度のない2人の命を奪った。遺族感情は峻烈で、そろって極刑を望んでいる。社会的影響も大きかった。

 犯行の罪質、動機、犯行態様、結果、遺族の被害感情、社会的影響のどれを見ても、刑事責任は著しく重大だ。

 身勝手な動機で執拗かつ残虐に2人の尊い命を奪った者は、懲役刑では済まされないことを社会に示し、同じような理不尽な殺人が誰の手によっても起こらないようにしなければならない。

 被告に有利な事情では、前科がなく、これまで会社員として問題のない社会生活を送ってきたことが挙げられる。犯行後は自白して反省の弁を述べている。しかし、被告は自分自身や事件自体と正面から向き合って内省を深めているわけではない。反省の弁は、遺族にとって何の救いにもなっていない。

 被告には真摯な反省態度が見られず、身勝手で偏った人格態度は根深い。抽象的な改善更生が認められても、極刑を回避する理由にはならない。

 死刑は人の生命を奪う究極の刑罰で、真にやむを得ない場合にのみ選択が許される。その判断は慎重にしなければならないが、被告に有利な事情を最大限に考慮しても責任は極めて重大だ。

 人の命が尊ばれ、人の命を奪う身勝手さが絶対に許されない社会を実現するためには、被告には極刑をもって臨むほかなく、それが健全な正義であると考える。

更新日時:
2010年10月29日




第一審の判決要旨

 第一審の判決要旨は次の通り。


主文

 林貢二被告を無期懲役に処する。押収してあるハンマー1本、果物ナイフ1本、ペティナイフ1本を没収する。

理由

 林被告は、客として通っていた耳かき店の従業員、江尻美保さんを殺害する目的で、平成21年8月3日午前8時52分ごろ、東京都港区西新橋の江尻美保さん方に無施錠の玄関から侵入した。1階8畳和室にいた江尻さんの祖母、鈴木芳江さんに見つかり、江尻さん殺害の目的を遂げるため、とっさに鈴木さんも殺害しようと決意し、その頭部などを用意していたハンマーで数回殴打。頸部(けいぶ)などを果物ナイフで多数回突き刺すなどし、鈴木さんを失血によって死亡させた。

 引き続き、2階6畳和室で、江尻さんに対し殺意をもって、その頸部などを用意していたペティナイフで数回突き刺すなどして同年9月7日、出血性ショックに基づく低酸素脳症により死亡させた。

 何の落ち度もない被害者2人を身勝手な動機から連続して惨殺した林被告の刑事責任は極めて重大であり、有期懲役刑を選択する余地はなく、「死刑」か「無期懲役刑」かの選択が問われている。

 (裁判官と裁判員で構成される)当合議体は、いわゆる永山事件に関する最高裁判決に基づき、本件を具体的かつ総合的に検討した上で、罪刑の均衡の見地からも一般予防の見地からも極刑がやむを得ないと認められる場合に当たるかどうかを議論した。

 犯行態様の残虐性、結果の重大性はいうまでもなく、林被告が鈴木さんを殺害した後、思いとどまることもせずに、2階に上がり、各部屋を確認し、最終的に江尻さん殺害行為に及んでいることについては、林被告の冷酷な人格が現れていて許しがたいものがある。

 被害者2人が受けた苦しみや恐怖はどれほどだっただろうか。いまだ21歳と若く、充実した人生を送る権利を突如として奪われた江尻さんの悔しさはどれほどだっただろうか。全く無関係の林被告に訳も分からないままむごたらしい殺され方をした鈴木さんの驚愕(きょうがく)や無念さはどれほどだっただろうか−。こうした被害者の気持ちについて、思いをめぐらせた。

 鈴木さんの娘であり、江尻さんの母親が、母と娘を同時に亡くし、現場に居合わせたことなどによる精神的ショックで、事件から1年以上が経過した現在でも、家の外に出ることすら困難な状態であることや、林被告が犯行場所として江尻さん宅を選んだことから、遺族が思い出の詰まった自宅に住むことができなくなってしまったことなどについても検討した。

 意見陳述をした遺族らが林被告に対する極刑を望んでいるのは、このような極めて重大な結果に照らせば全く当然であり、当合議体もその思いには深く動かされた。その上で、本件で死刑を選択する余地がないのか徹底的に議論したが、結局、本件が、極刑がやむを得ないと認められる場合に当たるとの結論には至らなかった。

 まず犯行に至る経過及び動機についてである。

 関係証拠によれば、林被告は、平成20年春ごろ、江尻さんの勤務する耳かき店に初めて赴き、サービスを受けて気に入り、指名して通うようになった。6月ごろには、毎週土曜日と日曜日に、数時間ほども通い詰めるようになった。

 7月、江尻さんを駅で待ち伏せしていたと疑われたことから、1週間ほど店に通うのをやめたことがあったが、江尻さんがブログに「元気かなぁピヨ吉(江尻さんと林被告しか知らない人形の名前)」と書き込んだのを見て、再び店に通うようになった。その後金曜日の夜にも定期的に通うなど日数や時間がさらに増え、長いときには1日に7、8時間店で過ごすようになった。

 11月には江尻さんから系列店でもヘルプとして働くことを伝えられ、その時間のすべてを林被告が独占するような関係になった。

 このようなことから、林被告は江尻さんから上客として扱われ、さらにメールアドレスも教えてもらったり、プライベートな話をされたりしたことなどから、自らが特別な客と思われているように感じた。理性では客と従業員との関係と分かりつつも、好意を募らせ、恋愛に近い感情を抱くようになっていった。

 その一方で、江尻さんは、林被告を上客として扱っていたものの、それ以上の特別な感情はなかった。平成21年4月初旬、林被告から店外での食事に誘われたことなどを契機として、対応を考えるようになり、4月5日には、店長と相談して、林被告を出入り禁止にすることにした。

 この日、林被告は、店で江尻さんから具合が悪いので食事には行けないと伝えられ、楽しみにしていた食事に行けなくなったことと、具合が悪いなら早退して帰るべきだと話したのに、これに応じない態度にもいらだち、自分の足や壁を拳でたたき、最終的には「もういいよ。来ないよ」と捨てぜりふを残して店を出た。

 林被告は、それまでは喧嘩(けんか)をしてもすぐに仲直りをしていたため、このときも、謝罪をすれば、再度店に通えるものと思い、数日してメールを送ったところ、江尻さんから「もう無理です。もう店に来ないと言ったじゃないですか」との返信を受け、来店を拒否された理由を理解できずに困惑した。

 林被告は、その理由を尋ねるために店の外で江尻さんに声をかけた際にも「もう無理です」と言われて逃げられるなどしたため、「何でだろう」と思い悩むようになり、6月ごろ、抑うつ状態に陥っていった。そのような状況で、林被告は7月19日にも、江尻さんの自宅周辺で待ち伏せし、声をかけたが、林被告のことをストーカーであると感じ、恐れるようになっていた江尻さんに逃げられ、翌日、メールを送っても届かなかったことから、初めて拒絶されていることを理解した。

 林被告は、もう店に行って、江尻さんとの楽しい時間を過ごすことはできないと絶望し、自分を拒絶する理由が分からず、ただ、自分を拒絶する江尻さんに対して、殺してやりたいと思うほど怒りや憎しみを感じるようになり、ついに犯行におよんだ。

 本件は誠に身勝手で短絡的な動機に基づく犯行といわなければならないが、他方、当時の林被告は、江尻さんに対して恋愛に近い強い好意の感情を抱いていたからこそ、来店を拒絶されたことに困惑し、抑うつ状態に陥るほど真剣に思い悩み、もう江尻さんに会えないとの思いから絶望感を抱いた。抑うつ状態をさらに悪化させ、結局、強い愛情が怒りや憎しみに変化してしまったことから殺害を決意するに至ったと認められる。

 このような林被告の心理状態の形成には、約1年間にわたって店に通い詰めていた当時の林被告と江尻さんとの表面上良好な関係が、少なからず影響していることも否定できない。これらのことからすると、林被告が犯行に至った経緯や江尻さん殺害に関する動機は、極刑に値するほど悪質なものとまではいえない。

 検察官は鈴木芳江さんの殺害が計画的なものではないことは認めつつ、江尻美保さんが家族と同居していることを知っていた林被告が、平日の朝に3つもの凶器を持参していることから、「障害を排除してでも江尻さんを殺害する意図を有していたことは合理的に推認でき、鈴木さんの殺害は計画に伴う必然的な結果だ」と主張している。

 林被告がペティナイフ、果物ナイフやハンマーを持参したことは、江尻さんに対する殺意がそれだけ強固であり、障害が生じた場合、これを排除するつもりだったことをうかがわせるものといえる。だが、林被告が、具体的な障害として、江尻さんの家族のことを考えたことをうかがわせる証拠はない。

 林被告は「江尻さんにもう会えない」との絶望感から、抑鬱状態を悪化させて憎しみを募らせ、ついには殺意を抱くに至ったと認められる。犯行のころは、その思いにとらわれ、家族のことまで具体的に想定していなかったとしても不自然とは思われない。

 林被告が鈴木さんを殺害したのは、江尻さん殺害の目的を遂げるためであったとしか考えられない。林被告は、鈴木さんの頸部(けいぶ)などを少なくとも16回突き刺すなどしている。黙らせるために、これほどの回数突き刺す必要がなかったことは明らかである。

 それにもかかわらず、林被告が何の恨みもない鈴木さんに、これほど執拗(しつよう)かつ残虐な攻撃を加えたのは、林被告が、江尻さんに対する殺意にとらわれている心理状態で、鈴木さんに遭遇するという想定外の出来事によって激しく動揺した結果である。

 鈴木さん殺害後、そこで犯行を思いとどまることなく、江尻さんの殺害を実行しているのも、それほど江尻さんの殺害にとらわれていたからと考えられる。

 林被告が、鈴木さん殺害後、江尻さんの殺害を実行する一方、江尻さんの母親や兄に攻撃を加えていないことはこれを裏付けるものである。

 そうすると、鈴木さんの殺害は計画性が認められず、林被告にとっても想定外の出来事だったというべきである。鈴木さんの殺害が、「計画に伴う必然的な結果」とする検察官の主張は採用できない。

 さらに、林被告は罪を認めるとともに、事件直後から事件を起こしたことを後悔し、反省の態度を示している。

 もっとも、林被告が、正面から事実と向き合って本当の意味で反省を深めているとは認められない。

 証拠によると、江尻さんは林被告のことを上客として大切にしていたものの、林被告が江尻さんに対して持っていたような思いを持っていなかったことは明らかである。林被告は、江尻さんに対する思いを募らせ、会えないことを悩むうちに抑鬱状態に陥り、最終的には強い殺意を抱くほど、江尻さんに対する強い愛情を有していたことは明らかである。

 今となっては、江尻さんへの強い愛情を持っていたがゆえに、犯行を引き起こしてしまったことを直視し、江尻さんの気持ちを誤解して、一方的に感情を募らせて犯行に至ったことについて、反省を深めるべきである。

 しかし、林被告は恋愛感情という言葉の定義にこだわり、「江尻さんに対して恋愛感情は持っていなかった」「どうして来店を拒絶されたのか、その理由が分からなくて悩むようになった」などと述べるにとどまっている。そのようなことにこだわるのでは、事件を真剣に振り返り、本当の意味での反省をしていることにはならない。

 林被告が遺族にあてて書いた手紙を読んでも、林被告なりに誠意を伝えようとしていることはうかがわれるものの、相手にどのように伝わるかという配慮が決定的に不足している。

 犯行に至った最も大きな原因は、相手の立場に立って物事を見ようとしない林被告の人格や考え方にある。それなのに、公判の最後になってもなお、そのことに気付かない、あるいは気付こうとしない林被告の言動には許し難いものがある。遺族が林被告の言動に強い怒りを覚えるのも当然である。

 しかしながら、林被告の言動や態度は、人格の未熟さ、プライドの高さなどに起因するものである。ことさら江尻さんの名誉を傷つけたり、遺族を傷つけたりしようとする意図があったとまでは認められない。

 また、今現在、林被告が置かれた立場からすると、林被告が必要以上に防御的になるのは理解できないことではない。「死刑を選択すべきか」という観点でみれば、林被告が事件直後から後悔し、林被告なりに反省の態度を示していることは、相応に考慮すべきである。

 林被告には前科がなく、20年以上勤続した会社で対人的に大きなトラブルを起こすことなく、まじめに働いていた。これらのことも、「死刑を選択すべきかどうか」という観点でみれば、酌むべき要素である。

 死刑は、それ自体が人の生命を奪う究極の刑罰である。すでに述べたような事情、とりわけ、本件は、林被告の反社会的で残虐な人格ゆえに起きた犯行ではなく、未熟な人格の林被告が、江尻さんの気持ちを理解することができず、一方的に思いを募らせた結果、抑鬱状態に陥り、思い悩んだ末に起こしてしまった事件である。

 林被告には、この裁判を契機に、江尻さんと鈴木さんの無念さや遺族の思いを真剣に受け止め、人生の最後の瞬間まで、なぜ事件を起こしてしまったのか、自分の考え方や行動のどこに問題があったのかについて、常にそれを意識し続け、苦しみながら考え抜いて、内省を深めていくことを期待すべきではないかとの結論に至った。

更新日時:
2010年11月1日



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