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公訴時効について

時効期間に関する改正法が2010年4月27日に国会で可決され、改正法が成立したのですが・・・ かなり大きな問題があります。

大きな問題ですので、今後発生するだろうことも含めて、簡単にですが、公訴時効について、一つのページにまとめることにしました。


公訴時効期間について

 2010年4月27日に施行された刑事訴訟法での公訴時効期間は以下のようになります。

刑事訴訟法(昭和23年7月10日法律第131号)

第二百五十条  時効は、人を死亡させた罪であつて禁錮以上の刑に当たるもの(死刑に当たるものを除く。)については、次に掲げる期間を経過することによつて完成する。
一 無期の懲役又は禁錮に当たる罪については三十年
二 長期二十年の懲役又は禁錮に当たる罪については二十年
三 前二号に掲げる罪以外の罪については十年
 時効は、人を死亡させた罪であつて禁錮以上の刑に当たるもの以外の罪については次に掲げる期間を経過することによつて完成する。
一  死刑に当たる罪については二十五年
二  無期の懲役又は禁錮に当たる罪については十五年
三  長期十五年以上の懲役又は禁錮に当たる罪については十年
四  長期十五年未満の懲役又は禁錮に当たる罪については七年
五  長期十年未満の懲役又は禁錮に当たる罪については五年
六  長期五年未満の懲役若しくは禁錮又は罰金に当たる罪については三年
七  拘留又は科料に当たる罪については一年

(平成22年4月27日改正法成立、即日公布、即日施行)

 平成22年の改正法には、遡及事項の規定があるのですが・・・

 問題点がありますので、その遡及規定を無視して、これまでの公訴時効期間について並列で表に表しておきます。

〜2004/12/31 2005/1/1〜2010/4/26 2010/4/27〜
平成16年12月31日以前 平成17年1月1日以降 平成22年4月27日以降
期間 罪の法定最高刑 期間 罪の法定最高刑 人を死亡させた場合 人を死亡させていない場合
罪の法定最高刑 期間 期間 罪の法定最高刑
15年 死刑 25年 死刑 死刑 25年 死刑
10年 無期の懲役(禁錮) 15年 無期の懲役(禁錮) 無期の懲役(禁錮) 30年 15年 無期の懲役(禁錮)
7年 長期10年以上の懲役(禁錮) 10年 長期15年以上の懲役(禁錮) 長期20年の懲役(禁錮) 20年 10年 長期15年以上の懲役(禁錮)
長期20年未満の懲役(禁錮) 10年
7年 長期15年未満の懲役(禁錮) 7年 長期15年未満の懲役(禁錮)
5年 長期10年未満の懲役(禁錮) 5年 長期10年未満の懲役(禁錮) 5年 長期10年未満の懲役(禁錮)
3年 長期 5年未満の懲役(禁錮) 3年 長期 5年未満の懲役(禁錮) 3年 長期 5年未満の懲役(禁錮)
罰金 罰金 罰金
1年 拘留または科料 1年 拘留または科料 1年 拘留または科料

更新日時: 2010年05月01日




時効廃止及び時効期間延長対象の罪

 人を死亡させた場合の罪を挙げると以下のようになります。

時効期間 法定刑
時効廃止 刑法第126条 汽車転覆等致死 死刑、無期懲役
刑法第127条 往来危険汽車転覆等致死
刑法第240条 強盗致死
強盗殺人
刑法第241条 強盗強姦致死
航空機強取等処罰法第2条 航空機強取等致死
人質強要行為等処罰法第4条 人質殺害
航空危険行為等処罰法第2条第3項 航行中航空機墜落致死 死刑、無期、7年以上の懲役
組織犯罪処罰法第3条第3号 組織的な殺人 死刑、無期、6年以上の懲役
刑法第146条 水道毒物等混入致死 死刑、無期、5年以上の懲役
刑法第199条 殺人
決闘罪に関する件第3条 決闘の結果の殺人
時効期間30年 刑法181条第3項 集団強姦致死
集団準強姦致死
無期、6年以上の懲役
刑法181条第2項 強姦致死
準強姦致死
無期、5年以上の懲役
刑法181条第1項 強制わいせつ致死
準強制わいせつ致死
無期、3年以上の懲役
航空危険行為等処罰法第3条第2項 業務中航空機破壊等致死
時効期間20年 刑法第118条 ガス漏出等致死 3年以上の有期懲役
刑法第124条 往来妨害致死
刑法第145条 浄水汚染等致死
刑法第205条 傷害致死
刑法第219条 保護責任者遺棄致死
刑法第221条 逮捕監禁致死
刑法第260条 建造物等損壊致死
刑法第208条の2 危険運転致死 1年以上の有期懲役
時効期間10年 刑法第214条 業務上堕胎致死 6月以上7年以下の懲役
刑法第202条 承諾殺人
嘱託殺人
6月以上7年以下の懲役(禁錮)
刑法第211条第2項 自動車運転過失致死 7年以下の懲役(禁錮)、100万円以下の罰金
刑法第213条 同意堕胎致死 3月以上5年以下の懲役
刑法第211条第1項 業務上過失致死 5年以下の懲役(禁錮)、100万円以下の罰金

 ちなみに、危険運転致死傷、自動車運転過失致死傷罪は、後から出来た罪ですので、それぞれ法施行後の公訴時効期間になります。

 今回の改正でこのようになったのですが・・・

 刑法には、以下の罪が存在します。

(外患誘致)
第八十一条  外国と通謀して日本国に対し武力を行使させた者は、死刑に処する。

 法定刑に死刑の規定しかありませんので(法定刑に死刑しかない罪は刑法第81条だけですので)、本来ならば、この罪が一番重い罪になるのですが・・・

 時効廃止どころか、無期の懲役(禁固)の時効期間30年より短い25年です。

 一番重い罪なのに・・・ 無期の規定より短い期間で時効が完成するようになってしまったのです。。。

 刑事法では当たり前の「重い罪は重く、軽い罪は軽く」という法則が崩れてしまいました^^;;

 ちなみに、法定刑が死刑又は無期禁錮の内乱首魁も同様に時効期間は25年です。

(内乱)
第七十七条  国の統治機構を破壊し、又はその領土において国権を排除して権力を行使し、その他憲法の定める統治の基本秩序を壊乱することを目的として暴動をした者は、内乱の罪とし、次の区別に従って処断する。
一  首謀者は、死刑又は無期禁錮に処する。

 確かに、ここ最近は、外敵に脅かされるとか、暴動は起きていませんが、これからも、ずっとそうであるという保障はどこにもありません。

 法定刑に幅があり、実際の裁判の判決でも量刑に幅がある殺人罪よりも、外患誘致や内乱首魁の方がはるかに重い罪だと、私は思います。

 殺人罪の時効を廃止していながら、これらの重い罪の時効を廃止にしていないのは不思議です。
更新日時: 2010年05月04日




2010年の改正法で問題となる条文

 どこが問題になるのかを、平成22年の改正法、平成16年の改正法の当該部分の条文を並べて貼り付けます。

 平成22年の改正法は以下になるのですが、赤字の部分が問題になります。

刑法及び刑事訴訟法の一部を改正する法律(平成22年4月27日法律第26号)


(刑事訴訟法の一部改正)

第二条 刑事訴訟法(昭和二十三年法律第百三十一号)の一部を次のように改正する。

第二百五十条中「時効は」の下に「、人を死亡させた罪であつて禁錮以上の刑に当たるもの以外の罪については」を加え、同条に第一項として次の一項を加える。

時効は、人を死亡させた罪であつて禁錮以上の刑に当たるもの(死刑に当たるものを除く。)については、次に掲げる期間を経過することによつて完成する。

一 無期の懲役又は禁錮に当たる罪については三十年

二 長期二十年の懲役又は禁錮に当たる罪については二十年

三 前二号に掲げる罪以外の罪については十年

第四百九十九条第二項中「公告をしたとき」を「前二項の規定による公告をした日」に改め、同条第一項の次に次の一項を加える。

第二百二十二条第一項において準用する第百二十三条第一項若しくは第百二十四条第一項の規定又は第二百二十条第二項の規定により押収物を還付しようとするときも、前項と同様とする。この場合において、同項中「検察官」とあるのは、「検察官又は司法警察員」とする。


附 則

第三条 第二条の規定による改正後の刑事訴訟法(次項において「新法」という。)第二百五十条の規定は、この法律の施行の際既にその公訴の時効が完成している罪については、適用しない。
 新法第二百五十条第一項の規定は、刑法等の一部を改正する法律(平成十六年法律第百五十六号)附則第三条第二項の規定にかかわらず、同法の施行前に犯した人を死亡させた罪であって禁錮(こ)以上の刑に当たるもので、この法律の施行の際その公訴の時効が完成していないものについても、適用する。

(平成22年4月27日改正法成立、即日公布、即日施行)

 赤字部分に関連している条文は以下のようになります。

刑法等の一部を改正する法律(平成16年12月8日法律第156号)


第二条 刑事訴訟法(昭和二十三年法律第百三十一号)の一部を次のように改正する。
 第百五十七条の四第一項第一号中「第百七十八条」を「第百七十八条の二」に改める。
 第二百五十条中「左の」を「次に掲げる」に改め、同条第一号中「あたる」を「当たる」に、「十五年」を「二十五年」に改め、同条第二号中「あたる」を「当たる」に、「十年」を「十五年」に改め、同条第六号中「あたる」を「当たる」に改め、同号を同条第七号とし、同条第五号中「あたる」を「当たる」に改め、同号を同条第六号とし、同条第四号中「あたる」を「当たる」に改め、同号を同条第五号とし、同条第三号中「十年以上」を「十五年未満」に、「あたる」を「当たる」に改め、同号を同条第四号とし、同条第二号の次に次の一号を加える。
 三  長期十五年以上の懲役又は禁錮に当たる罪については十年


附則

第三条  この法律の施行前にした第一条の規定による改正前の刑法(以下「旧法」という。)第二百四十条の罪に当たる行為の処罰については、なお従前の例による。
 この法律の施行前に犯した罪の公訴時効の期間については、第二条の規定による改正後の刑事訴訟法第二百五十条の規定にかかわらず、なお従前の例による。

(平成16年12月1日改正法成立、平成16年12月8日公布、平成17年1月1日施行)

 法律というのは、分かりやすく書くと、国と国民の約束事です。

 平成16年の改正法では、
 この法律の施行前に犯した罪の公訴時効の期間については、第二条の規定による改正後の刑事訴訟法第二百五十条の規定にかかわらず、なお従前の例による。
 と約束したにも関わらず、平成22年の改正法で
 新法第二百五十条第一項の規定は、刑法等の一部を改正する法律(平成十六年法律第百五十六号)附則第三条第二項の規定にかかわらず同法の施行前に犯した人を死亡させた罪であって禁錮(こ)以上の刑に当たるもので、この法律の施行の際その公訴の時効が完成していないものについても、適用する。
 と謳いました。

 刑事法ではあり得ないことなのですが・・・^^;; 平成22年の法改正で「平成16年に規定したことは、嘘でした」としました。

 どうして問題になるかを、今後書いていきます。
更新日時: 2010年05月02日




日本国憲法で国民の権利を規定

 日本国憲法の第3章(第10条〜第40条)に、国民の権利及び義務に関する項目があるのですが、約3分の1に当たる第31条〜第40条が、刑事事件に関する条文です。

日本国憲法(昭和21年11月3日憲法)


第三章 国民の権利及び義務

第三十一条  何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。

第三十二条  何人も、裁判所において裁判を受ける権利を奪はれない。

第三十三条  何人も、現行犯として逮捕される場合を除いては、権限を有する司法官憲が発し、且つ理由となつてゐる犯罪を明示する令状によらなければ、逮捕されない。

第三十四条  何人も、理由を直ちに告げられ、且つ、直ちに弁護人に依頼する権利を与へられなければ、抑留又は拘禁されない。又、何人も、正当な理由がなければ、拘禁されず、要求があれば、その理由は、直ちに本人及びその弁護人の出席する公開の法廷で示されなければならない。

第三十五条  何人も、その住居、書類及び所持品について、侵入、捜索及び押収を受けることのない権利は、第三十三条の場合を除いては、正当な理由に基いて発せられ、且つ捜索する場所及び押収する物を明示する令状がなければ、侵されない。
 捜索又は押収は、権限を有する司法官憲が発する各別の令状により、これを行ふ。

第三十六条  公務員による拷問及び残虐な刑罰は、絶対にこれを禁ずる。

第三十七条  すべて刑事事件においては、被告人は、公平な裁判所の迅速な公開裁判を受ける権利を有する。
 刑事被告人は、すべての証人に対して審問する機会を充分に与へられ、又、公費で自己のために強制的手続により証人を求める権利を有する。
 刑事被告人は、いかなる場合にも、資格を有する弁護人を依頼することができる。被告人が自らこれを依頼することができないときは、国でこれを附する。

第三十八条  何人も、自己に不利益な供述を強要されない。
 強制、拷問若しくは脅迫による自白又は不当に長く抑留若しくは拘禁された後の自白は、これを証拠とすることができない。
 何人も、自己に不利益な唯一の証拠が本人の自白である場合には、有罪とされ、又は刑罰を科せられない。

第三十九条  何人も、実行の時に適法であつた行為又は既に無罪とされた行為については、刑事上の責任を問はれない。又、同一の犯罪について、重ねて刑事上の責任を問はれない。

第四十条  何人も、抑留又は拘禁された後、無罪の裁判を受けたときは、法律の定めるところにより、国にその補償を求めることができる

 全文を読んでもらえば分かると思いますが、憲法では、被告人(容疑者)=国民にとって不利益とならないように規定しています。

更新日時: 2010年05月02日




日本国憲法第39条


日本国憲法(昭和21年11月3日憲法)


第三十九条  何人も、実行の時に適法であつた行為又は既に無罪とされた行為については、刑事上の責任を問はれない。又、同一の犯罪について、重ねて刑事上の責任を問はれない。

 何人も、実行の時に適法であつた行為については、刑事上の責任を問はれない。

 刑事上の責任(罰)というのは、該当する罪の規定だけでなく、刑法第1編総則の規定や刑事訴訟法など、いろいろな法律に規定されていることから判断します。

 この条文を分かりやすく書くと 何人も、実行時に規定されていた法律の範囲内でしか、刑事上の責任を問はれない。となります。

 民事責任と刑事責任では法の厳格さに大きな違いがあり、実行時、刑事法に規定が無かったことを根拠に、罪に問うことは出来ないのですよね。
更新日時: 2010年05月02日




時効は、犯罪行為が終った時から進行

 刑事訴訟法の公訴時効関係の条文で改正されたのは、今回も前回も第250条だけですが、法律というものは当該条文だけでなく、関連している部分の全ての条文で読むものです。

 今回改正される前の公訴時効に関する部分を抜粋すると、以下のようになります。

刑事訴訟法(昭和23年7月10日法律第131号)


第二章 公訴

第二百四十七条  公訴は、検察官がこれを行う。

第二百四十八条  犯人の性格、年齢及び境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況により訴追を必要としないときは、公訴を提起しないことができる。

第二百四十九条  公訴は、検察官の指定した被告人以外の者にその効力を及ぼさない。

第二百五十条  時効は、次に掲げる期間を経過することによつて完成する。
一  死刑に当たる罪については二十五年
二  無期の懲役又は禁錮に当たる罪については十五年
三  長期十五年以上の懲役又は禁錮に当たる罪については十年
四  長期十五年未満の懲役又は禁錮に当たる罪については七年
五  長期十年未満の懲役又は禁錮に当たる罪については五年
六  長期五年未満の懲役若しくは禁錮又は罰金に当たる罪については三年
七  拘留又は科料に当たる罪については一年

第二百五十一条  二以上の主刑を併科し、又は二以上の主刑中その一を科すべき罪については、その重い刑に従つて、前条の規定を適用する。

第二百五十二条  刑法 により刑を加重し、又は減軽すべき場合には、加重し、又は減軽しない刑に従つて、第二百五十条の規定を適用する。

第二百五十三条  時効は、犯罪行為が終つた時から進行する。
 共犯の場合には、最終の行為が終つた時から、すべての共犯に対して時効の期間を起算する。

第二百五十四条  時効は、当該事件についてした公訴の提起によつてその進行を停止し、管轄違又は公訴棄却の裁判が確定した時からその進行を始める。
 共犯の一人に対してした公訴の提起による時効の停止は、他の共犯に対してその効力を有する。この場合において、停止した時効は、当該事件についてした裁判が確定した時からその進行を始める。

第二百五十五条  犯人が国外にいる場合又は犯人が逃げ隠れているため有効に起訴状の謄本の送達若しくは略式命令の告知ができなかつた場合には、時効は、その国外にいる期間又は逃げ隠れている期間その進行を停止する。
 犯人が国外にいること又は犯人が逃げ隠れているため有効に起訴状の謄本の送達若しくは略式命令の告知ができなかつたことの証明に必要な事項は、裁判所の規則でこれを定める。

(平成16年12月1日改正法成立、平成16年12月8日公布、平成17年1月1日施行)

 第253条で「時効は、犯罪行為が終つた時から進行する」と謳い、第250条で「時効は、次に掲げる期間を経過することによつて完成する」と謳い、第250条第1号で「死刑に当たる罪については二十五年」と謳っています。

 殺人罪は死刑に当たる罪ですから公訴時効期間は25年ですが、仮に殺人罪について関係する条文をまとめると・・・

 「時効は、犯罪行為が終つた時から進行し、二十五年を経過することによつて完成する」となり、平成16年12月8日に公布し、平成17年1月1日以降、国はこうします。と国民に約束しました。

 また、この公訴時効期間の延長は、規定を重くしていますので、容疑者にとって不利な状況になります。

 よって、附則に「この法律の施行前に犯した罪の公訴時効の期間については、第二条の規定による改正後の刑事訴訟法第二百五十条の規定にかかわらず、なお従前の例による」と謳い、改正前の公訴時効については、従前の通り「時効は、犯罪行為が終つた時から進行し、十五年を経過することによつて完成する」とも、国は国民に約束しました。

 時効は、犯罪行為が終わった時から進行していますので、その事件には既に改正前の刑事訴訟法の規定が適用されています。

 ですので、約束した通りに、2004年12月31日以前の事件については15年、2005年1月1日以降で2010年4月26日以前の事件については25年経過したら時効が完成します。
更新日時: 2010年05月03日




オウム関連事件の容疑者も改正法適用対象に

 今から15年以上前の1995年3月に起きた公証役場事務長拉致監禁致死事件や地下鉄サリン事件では、未だに逮捕されず、指名手配されている特別手配被疑者が3名います。

事件 特別手配被疑者
公証役場事務長拉致監禁致死事件 平田信容疑者
地下鉄サリン事件 高橋克也容疑者、菊地直子容疑者

 これらの事件には共犯者がいるため、事件後進行していた時効は刑事訴訟法第254条第2項の規定により、共犯の内の1人が起訴された時点で停止しました。

 オウム関連事件では、多くの者が起訴されたために、当該事件で誰が一番初めに起訴されたのか分かりませんが、起訴された被告の中には、ほぼ全ての事件について起訴された松本智津夫死刑囚がいます。松本死刑囚は、1995年5月に逮捕され、その後、起訴されていますが、同死刑囚の初公判が同年10月に予定されていましたので、遅くとも1995年10月には特別手配被疑者の時効の進行は停止しています。

 また、公証役場事務長拉致監禁致死事件や地下鉄サリン事件で起訴された被告の中には、現在上告中で判決未確定の被告が現時点でもいます。

事件 時効期間 時効状況 上告中の被告
公証役場事務長拉致監禁致死事件 7年 停止中 中川智正被告
地下鉄サリン事件 15年 停止中 土谷正実被告、遠藤誠一被告、中川智正被告

 共犯の刑が確定しないことには再度時効の進行を始めないため、15年以上前の事件ですが、殆どの期間を残した状態で時効の進行を停止したままになっています。上告中の被告は3名居ますが、最高裁の裁判の進行具合からすると、判決が確定するまでに少なくとも2年くらいはかかると思いますから、再度時効が進行しだすのは、まだ先になります。

 これらの容疑者も、時効が完成していないので、今回の改正法の附則の規定に沿えば、当然の事ながら適用対象になりますが・・・ 法律として非常におもしろい(あり得ない)現象が起きています。

 事件時の行為(罪)に対しての罰ですから、基本的に、事件当時の罪の規定が適用されますが、事件後に罪の規定が軽くなった場合には、軽い規定の方を適用します。

(刑の変更)
第六条  犯罪後の法律によって刑の変更があったときは、その軽いものによる。

 ここ最近の刑法関係の改正は重罰化です。改正前の方が軽くなっていますので、事件当時の罪の規定が適用されます。

 まず、公証役場事務長拉致監禁致死事件について書いていきます。

 当時の該当法は、以下のようになっていました。

刑法等の一部を改正する法律 (2004年12月31日以前)

(傷害致死)
第二百五条  身体を傷害し、よって人を死亡させた者は、二年以上の有期懲役に処する。

(逮捕及び監禁)
第二百二十条 不法に人を逮捕し、又は監禁した者は、三月以上五年以下の懲役に処する。

(逮捕等致死傷)
第二百二十一条 前条の罪を犯し、よって人を死傷させた者は、傷害の罪と比較して、重い刑により処断する。

 現行法の法定刑では3年以上の有期懲役刑が、事件当時の逮捕監禁致死罪の法定刑は2年以上の有期懲役刑でした。

 現行法と改正前では、下限が1年違うだけですが・・・ 他の部分の法改正もされ、時効期間を決める元になる最高刑についても、同時に法改正されています。

現行(2005年1月1日以降)

(懲役)
第十二条 懲役は、無期及び有期とし、有期懲役は、一月以上二十年以下とする。
改正前(2004年12月31日以前)

(懲役)
第十二条 懲役は、無期及び有期とし、有期懲役は、一月以上十五年以下とする。

 今回の改正法の附則には以下のように謳ってあります。

 新法第二百五十条第一項の規定は、刑法等の一部を改正する法律(平成十六年法律第百五十六号)附則第三条第二項の規定にかかわらず同法の施行前に犯した人を死亡させた罪であって禁錮(こ)以上の刑に当たるもので、この法律の施行の際その公訴の時効が完成していないものについても、適用する。

 公証役場事務長拉致監禁致死事件は、時効が完成していませんので適用されることになりますが、逮捕監禁致死罪の場合を分かりやすく並べて書くと以下のようになります。

 ちなみに、逮捕監禁致死罪だけなく、ガス漏出等致死、往来妨害致死、浄水汚染等致死、保護責任者遺棄致死、建造物等損壊致死などの罪は、全て傷害致死罪の規定に沿う様に条文がなっていますので、これらの罪の場合には同様な状態になります。

逮捕監禁致死罪 法定刑 改正前時効期間 法定最高刑 人を死亡させた場合
現行法(2005年1月1日以降) 3年以上20年以下の懲役 10年 長期20年の懲役(禁固) 20年
事件当時(2004年12月31日以前) 2年以上15年以下の懲役 7年 長期20年未満の懲役(禁固) 10年

 見ての通り、同じ罪に対して、同じ法の規定を当てはめても、時効期間が違ってきます。

 あり得ないことですが・・・ 改正法施行前の事件に適用させようとするので、こういう現象が起きてしまいました。

 事件日から時効がゴールに向かって進行していたら・・・ 後から出来た法によって、突然ゴールを延ばされた状態になっています。

 ただし、事件当時にない規定ですから、事後法で適用すると謳っても、事件当時の規定が優先され、停止期間を除いて7年経過すれば時効は完成します。

 事件当時の規定に沿って時効が完成していれば、仮に、改正法の規定を根拠に起訴されても、争点を改正法の憲法違反一本に絞れば済みます。裁判では免訴の判決が下されると思いますが、もし、免訴以外の判決が出たとしても、改正法の憲法違反という争点がありますから、最高裁大法廷まで一直線にいってしまいます。


 次に、地下鉄サリン事件についてです。

 地下鉄サリン事件は、サリン散布によって、死者12名、重軽傷者5000名以上の被害を出した事件ですから、問われる罪は、殺人、殺人未遂罪になります。

刑法等の一部を改正する法律

(殺人)
第百九十九条  人を殺した者は、死刑又は無期若しくは三年以上の懲役に処する。

 現行法は、死刑、無期、5年以上の懲役ですが、最高刑の死刑は変わりません。人を死亡させていて死刑に当たる罪ですので、今回の法改正では、時効が廃止されています。

 時効制度というのは、時効の完成によって検察が起訴をできなくする制度です。起訴して罪に問う以前の免訴の規定ですし、時効が完成しているか、完成していないかは、罪に問うための最初の大きなハードルで重要な要件になります。

 本件では、事件後時効が進行し、共犯起訴により時効が停止しています。

 時効が進行し、停止し、共犯の刑確定後再度進行するために待っていたのに、突然、途中で時効そのものが無くなるのは、道理から言ってあり得ません。

 仮に、改正法施行日に時効が完成していなかったとしても、時効そのものを無くすためには、時効が進行し始める事件日まで遡って法を適用するしかありません。

 容疑者に不利になるように遡って適用することになる今回の改正法は、遡及処罰を禁止している憲法に違反している疑いが非常に強くあります。

 これまでなら、法の整合性を官僚が事前に調査していましたから、こんな法が出来るなんてことはあり得なかったのですが・・・ なにしろ、法改正をした政府・民主党は、「政治主導・脱官僚」をスローガンにして、自分達の思うようにやっています。

 厳格な刑事法、しかも、要となる刑法、刑事訴訟法は、これまで、何度も改正されてきた法ですし、規定を重くする場合は遡及できない法ですから、現行法では変更されている部分でも過去の規定が有効になっている法律です。

 刑法、刑事訴訟法を改正する場合は、両方の法律全文を読みこみ、過去の改正法も全部読み、全ての整合性が取れるように、慎重の上に慎重を期して、改正法案を考えなければならないので、法案策定には相当の時間を要するのですが・・・ 充分な審議もせず拙速すぎるくらいのスピードで一部の条文だけ抜き出して改正したので、同じ罪で2種類の時効期間があるとか、違憲の強い疑いがある法が出来てしまいました。

 「政治主導・脱官僚」なんて言っていますが、政治主導の結果がこの状態です。官僚抜きでは、明らかに法案作成能力が低いと言わざるを得ないですね。。。
更新日時: 2010年05月05日




刑事上の責任を問う際に必要不可欠な5要件


1 公訴時効が完成していないこと
刑事訴訟法

第二百五十条  時効は、次に掲げる期間を経過することによつて完成する。

第二百五十三条  時効は、犯罪行為が終つた時から進行する。


第三百三十七条  左の場合には、判決で免訴の言渡をしなければならない。
 時効が完成したとき。
 公訴時効が完成すると、検察の公訴権が消滅(起訴できない)。


2 違法性阻却事由がないこと
刑法

第三十五条  法令又は正当な業務による行為は、罰しない。

第三十六条  急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為は、罰しない。

第三十七条  自己又は他人の生命、身体、自由又は財産に対する現在の危難を避けるため、やむを得ずにした行為は、これによって生じた害が避けようとした害の程度を超えなかった場合に限り、罰しない。ただし、その程度を超えた行為は、情状により、その刑を減軽し、又は免除することができる。
 前項の規定は、業務上特別の義務がある者には、適用しない。
 違法性阻却事由があると、犯罪不成立。


3 刑事責任能力があること
刑法

第三十九条  心神喪失者の行為は、罰しない。

第四十一条  十四歳に満たない者の行為は、罰しない。
 刑事責任能力が無いと、犯罪不成立。


4 故意による行為であること
刑法

第三十八条  罪を犯す意思がない行為は、罰しない。ただし、法律に特別の規定がある場合は、この限りでない。
2  重い罪に当たるべき行為をしたのに、行為の時にその重い罪に当たることとなる事実を知らなかった者は、その重い罪によって処断することはできない。
 故意犯は故意による行為であることを検察が立証できないと、犯罪不成立。


5 罪の構成要件を満たしていること

 罪の構成要件を満たさないと犯罪不成立。


 故意犯の刑事上の責任を問うためには、どうしてもこれらの5要件を満たさなければいけません。どれか一つでも満たさなければ、検察公訴権消滅、または、犯罪不成立になります。

 刑事訴訟法第250条の規定は、検察の公訴権消滅に関する規定で、刑事上の責任を問うために必要かつ重要な5要件の内の一つです。

 事後法によって、重くした規定を遡及して適用するのは、同時期の犯罪行為に対して法の下に同一条件で裁くという原則から逸脱しますし、時効の完成によって免訴になるのを遡って適用して時効期間を延長したり、時効そのものを廃止にして処罰対象にするのですから、遡及処罰そのものです。どう考えても違憲になりますね。
更新日時: 2010年05月05日




法制定は立法府、法運用は行政府ですが・・・

 法制定は立法府、法運用は行政府ですが、実際に罪の有無や罰の軽重を決めるのは司法である裁判所です。しかも、裁判所と言えども、法律の範囲内でしか裁けません。

 刑法、刑事訴訟法は、刑事法の要となる法律ですが、上位に憲法があります。どの法律についても言えることなのですが、憲法や他の法律と整合性のある法律でなければいけません。

 立法府で可決すれば、法は作れますが・・・ あくまで憲法と整合性のある法律にしなければいけませんので、もし、その法の中の規定が憲法に違反していれば、裁判所は、その規定に対して違憲の判断を下します。

 今回の法改正は対象になる罪が多いので、遅かれ早かれ遡及規定に該当する事件が出てくると思います。逮捕状請求時に裁判所が判断するのか、検察が起訴時に判断するのか、公判で免訴判決が出されるのか分かりませんが、いずれ憲法との整合性が判断されることになると思います。
更新日時: 2010年05月03日




最高裁で違憲判決が出れば、当然の事ながら規定は無効に

 既に無罪とされた行為に対して、刑事上の責任を問えば、憲法第39条の規定に触れます。

 仮に法が施行されても、最高裁で違憲判決が出れば、違憲部分の規定は施行時に遡って無効になりますし、違憲となった条文を載せている法は、その法が違憲状態にあることを意味します。いつまでも法に載せておくことは出来ませんので、早急に、当該部分を削除するために再度国会を招集し、法改正をしなければいけません。

 また、時効が完成した者は、本来なら起訴して罪に問うことも出来ない免訴の状態です。時効が完成し、起訴出来ない状態だったのにも関わらず、改正法を根拠に起訴すれば、違法に身柄を拘束、起訴して刑事責任に問うたことになりますし、逮捕、起訴されれば、メディアにも情報が流れ、無罪である容疑者(被告人)とされた人の名誉も棄損してしまいます。

 規定が憲法違反になった場合は、違法な法を根拠に起訴したことになりますから、国には、刑事補償、国家賠償責任が発生し、国民による税金から補償金、賠償金を支払われることにもなります。

 「犯罪者なのに、どうして支払わなければいけないの!?」と思われる方もみえると思いますが、警察での逮捕段階は「容疑者」ですし、検察が起訴したら「被告人」であって犯罪者ではありません。判決が確定するまでは推定無罪ですし、「疑わしきは被告人の利益に」が刑事裁判の原則です。あくまで、裁判で「罪が有る」と認定されて初めて有罪になり「罪を犯した者」の犯罪者になります。

刑事補償法

(補償の要件)
第一条  刑事訴訟法 (昭和二十三年法律第百三十一号)による通常手続又は再審若しくは非常上告の手続において無罪の裁判を受けた者が同法 、少年法 (昭和二十三年法律第百六十八号)又は経済調査庁法(昭和二十三年法律第二百六号)によつて未決の抑留又は拘禁を受けた場合には、その者は、国に対して、抑留又は拘禁による補償を請求することができる。


国家賠償法

第一条  国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によつて違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体が、これを賠償する責に任ずる。
2  前項の場合において、公務員に故意又は重大な過失があつたときは、国又は公共団体は、その公務員に対して求償権を有する。

 ちなみに、国家賠償の場合、通常、国は過失を認めませんが、法の不遡及は刑事法の大原則のため事前に各所から違憲の可能性が高いとの指摘があったのにも関わらず、千葉法相が「新たに処罰規定を設けるのではなく、憲法違反には当たらない」と刑事法の仕組みを分かっていないとしか思えないような持論を展開し、閣議決定し、民主党の賛成多数で今回の法案を可決し、改正法を施行させたので政府・民主党及び立法府の過失は明らかです。
更新日時: 2010年05月05日



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