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 このページについては、医療制度崩壊と医療再生に大まかに分けて書きますが、随時追加していきますので、項目をまとめるのに数日かかると思います。よろしくお願いいたします。

   何故、医療制度が崩壊しようとしているのか?


 ここ最近になって、医療制度崩壊とよく言われるようになったのですが・・・

 医療制度崩壊については、いろいろな事情がコブラツイストのように絡んでいます。

 
どうしてこういう状況になったのかを、考えられることを挙げておきます。

健康保険制度について
産科に関わるいろいろな事情
医療過誤で罪に問われる可能性
準強制わいせつ罪に問われてしまう可能性
モンスターペイシェントの存在
医学は絶えず進歩している分野
大野病院事件の医師がとった医療行為の正当性
インフォームド・コンセントの難しさ
メディアの報道姿勢の影響





健康保険制度について

 まず、健康保険についてですが・・・ 健康保険は、以前から赤字の3K(国鉄、米、健康保険)と言われていたように、財政赤字として大きな借金を抱えていました。

 国鉄は民営化し、JRに、米も、食糧管理法を廃止し、食糧法とし、米の流通の自由化が図られたので、国による管理が緩和されたのですが、健康保険だけは残っています。

 莫大な財政赤字を累積で抱えているので、何とか借金を減らさないことには、財政破綻してしまいます。

 単年度で赤字を出さないようにするには、歳入に見合った歳出にする必要があります。で、歳出を抑えるように、医療点数などの見直しがされるようになりました。

 点数が下がれば、医療機関の収入が減りますし、医療機関と言えども採算が合わなければ倒産だってありえます。

 倒産しないためには、病院だけでなく、クリニックにしても、採算が取れる診療科目構成にせざるを得ませんから、受診見込みがあるだろうと思われる診療科目を掲げる医師は増えますが、逆に、受診者数が少ないと予測できる診療科目の医師は減ります。

 今は、少子高齢化社会ですから、少子化の影響をまともに受ける小児科、産科は、元々のパイが少ないです。

 医師の世界といえども、需要と供給のバランスはありますから、供給過多にならないように、診療科目を決めると思います。

 結果、医師免許を取得してから、産科、小児科を診療科目とする医師は少なくなります。

 採算ベースに乗るだけの人口がいれば、小児科医は何とかなると思いますが、産科の場合には別の要因も加わります。


産科に関わるいろいろな事情

 産科は出産に関わる診療科目ですから、受診者は言うまでもなく女性ですし、診察する場所は、子宮や性器になります。

 今の若い女性の中(妊婦が多い年代)には、わいせつ行為に対して、とても神経質になっている人も多くいるのが現状です。

 例え相手が医師であっても、男性医師には診てもらいたくなく、女性医師を選ぶ人もいます。(妊婦だけでなく、夫の方がとか、夫婦共にもあります。)

 30年ほど前に、医大も増やし、各医学部の定員増で、医学生も増えたのですが、ほぼ同時期に共通一次試験導入(現在はセンター試験)があり、医学生の中の女性の割合が増加しました。

 確かに毎年国家試験を合格して医師になる人は定員増ではるかに増えたのですが、その増加分が女性医師の数に匹敵するか、それ以上になっています。

 新卒の男性医師数からすると、定員増されていても、大して変わっていないのです。

 まず、女性医師の中で人気の診療科目は、産科、婦人科という現状があります。

 女性医師は、医師といえども、普通の女性です。結婚もするでしょうし、妊娠、出産もします。男性医師なら、結婚しても医業を続けていけますが、女性医師が、妊娠、出産した場合には、医療の現場から離れなければなりません。

 医師といえども母親になった場合に、産休もなく、いきなり職場に復帰するとは考えにくいということがありますので、職場復帰するまでは確実に戦力ダウンになります。

 母親業(育児)と激務の医業(産科)を両立させるのは、相当ハードになると思いますから、医療現場復帰後に、自分で両方をこなせる範囲内での診療科目に変更する場合もあります。

 これらのことから、こういう場合もあるということを、例として挙げておきます。

 女性が高校卒業後、現役で医学部に進学しました。6年間勉強し、24歳で見事に国家試験に合格し、専門科を産婦人科としました。2年間の研修期間を終え、26歳で晴れて一人立ちしました。(臨床機会はまだ少ないのですが、ここから医師としては他の医師と同等な扱いとしてスタートします。)

 実務経験を4年くらい積み重ねた結果、一人でも、そつなく医業をこなせるようになってきました。(ここからが戦力になります。)

 年齢が30歳になり、そろそろ結婚を意識するようになり、医局で先輩だった男性医師と結婚しました。

 結婚後も医業を続けていたのですが、結婚1年後に妊娠していることが分かり、安定期に入るまで一時現場から離れました。

 安定期に入り、再度現場に復帰したのですが、妊娠する前とは違い、母体に影響しない程度での実務に減りました。(以前と比べれば、戦力ダウンになりました。)

 出産も間近になり、再度現場から離れました。

 無事出産をしましたが、当分の間、育児に専念するために、現場復帰しないことにしました。(医師といえども例外ではなく、夫婦となると夫婦の役割分担で、女性が家事育児に専念する場合は、一般の方々と同様に多いです。)

 日々進歩してるのが医学、医療ですから、現場を離れる期間が長くなればなるほど、現場復帰が難しくなります。何故なら、戻る際には、周囲のお荷物にならないように、再勉強も必要ですし、進歩してる部分も勉強しておく必要があるのが医療だからです。

 ここで、男性医師に当てはめてみます。

 男性医師は、結婚しても、妊娠出産はありません。(当たり前ですが・・・)医師を続けている限り、医療を提供できます。

 男性医師も女性医師と同じように30歳で一人前になり、65歳まで現役で激務をこなしていたと仮定した場合、一人前の医師として医療を提供できる期間は、女性医師が出産するまでの2年弱に対して、男性医師は35年間となります。

 大学は、男女関係なく優秀な成績であれば選抜します。

 男女平等、学問の自由、職業選択の自由の観点からも、当然そうしなければなりませんが、女性医師の場合は、臨床件数も増え、実務経験が豊富な医師として一人前になった頃、女性であるが故に、結婚、妊娠、出産、育児という問題にも直面してしまいます。

 医師不足を解消するために、大学の医学部定員を大幅に増やしたのですが、実際には、こういう事情もあって、一人前の医師として現場で活躍できるようになった時点での実数は、大して増加していないのです。

 女性医師の志望が多い産科にいたっては、女性の占める割合が多いので、大きく影響が出てしまいます。結果的に、慢性的な医師不足に陥ってしまいました。


医療過誤で罪に問われる可能性

 ただでさえ崖っぷち状態だった産科医療を、瀕死の状態にしてしまったのが、福島県立大野病院事件です。

 事件の詳細については、いろいろなサイトで紹介されていますので、割愛させてもらいます。

 裁判での起訴状にある「(被告人には)直ちに胎盤の剥離を中止して子宮摘出術等に移行し、胎盤を子宮から剥離することに伴う大量出血による同女の生命の危険を未然に回避すべき業務上の注意義務があるのに、(被告人は)これを怠り、直ちに胎盤の剥離を中止して子宮摘出術等に移行せず、同日午後2時50分ころまでの間、クーパーを用いて漫然と胎盤の癒着部分を剥離した過失により、」という文章から私見を書いておきます。

 文章を読んでいただければ分かると思いますが、業務上過失致死罪に問われています。

(業務上過失致死傷)
第二百十一条  業務上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者は、五年以下の懲役若しくは禁錮又は百万円以下の罰金に処する。重大な過失により人を死傷させた者も、同様とする。

 帝王切開術ですから、言うまでも無く出産が絡んでいます。

 場所も、言うまでもなく子宮です。

 それを・・・

 胎盤を子宮から剥離することに伴う大量出血による同女の生命の危険を未然に回避するために、直ちに胎盤の剥離を中止して子宮摘出しろだと?

 起訴した検察官は、医学の知識あるのか?

 女性の心理を分かっているのか?

 妊婦にとって、どういう風にしてあげることが一番大切なことなのかを知っているのか?

 子宮が無くなったら 二度と妊娠出産できなくなるんだぞ?

 女性にとって、子宮が どういう場所なのか、全く分かっていない!

 人によっては、「子宮が無くなるくらいなら、死んだ方がまし。」て思うくらい 女性にとっては、強い思い入れがある場所が子宮なんだ。

 子宮を極力残せるように、最善の方法を選択するのが、医師のつとめ!

 不測の事態が発生したから、不幸にも女性は亡くなられたのは、非常に気の毒だけど・・・

 産科医として、患者を思いやり、何とか子宮を全摘しなくても済むように、最善の方法をとったのに、どこに過失がある?

 条文相手なら、後から結果論で何とでもこじつけが出来るが、医療は待ったなし。絶えず、患者にとって一番良い方法を考えながら行動しなければならない。

 医療、医学、女性の心理を全く分かっていない無知な検察官が、起訴したこと自体が間違い。

 こんな内容で逮捕起訴されたんだから、そりゃ 馬鹿馬鹿しくてやってられるか! て産科医が逃散するの当たり前だわ。

 ・・・と、私が思うような事件です。

 医療過誤の中には、明らかに業務上過失致死傷罪に問われても仕方がないような事例もありますが、この事例については、起訴不当と思います。

 正当な医療行為をしていても、罪に問われてしまうような現状ですから、リスクが高い診療科目からの逃散が起きてしまっています。

 リスクが高い診療科目として、今回の例でもある産科をはじめとして、救命救急、脳外科、外科一般などがあります。


準強制わいせつ罪に問われてしまう可能性

 同じ刑事事件でも、医療過誤による業務上過失致死傷罪ではなく、場合によっては、準強制わいせつ罪に問われてしまう場合もあります。

(強制わいせつ)
第百七十六条  十三歳以上の男女に対し、暴行又は脅迫を用いてわいせつな行為をした者は、六月以上十年以下の懲役に処する。十三歳未満の男女に対し、わいせつな行為をした者も、同様とする。

(準強制わいせつ)
第百七十八条  人の心神喪失若しくは抗拒不能に乗じ、又は心神を喪失させ、若しくは抗拒不能にさせて、わいせつな行為をした者は、第百七十六条の例による。

(未遂罪)
第百七十九条  第百七十六条から前条までの罪の未遂は、罰する。

(親告罪)
第百八十条  第百七十六条から第百七十八条までの罪及びこれらの罪の未遂罪は、告訴がなければ公訴を提起することができない。
 前項の規定は、二人以上の者が現場において共同して犯した第百七十六条若しくは第百七十八条第一項の罪又はこれらの罪の未遂罪については、適用しない。

 私のサイトには、性犯罪についてのコンテンツがあります。傾向を探るために、いろいろなデータ収集をしましたが、その際に多くの逮捕事例や判決例などの記事を見てきました。

 それらの中には、他業種同様、医師も例外漏れなく性犯罪容疑で逮捕された場合や、実際に起訴され罪に問われた結果の判決例もありました。

 児童買春など、明らかに医業と関係ない場合は別として、記事の内容によっては、正当な医療行為なのか、わいせつ行為なのかが分からない事例もありました。

 なにしろ、準強制わいせつ罪は、親告罪ですから告訴が必要なのですが、された側の受け取り方次第という点をもっています。

 相手に触りさえしなければ、罪に問われようがないのですが、医療行為は相手の体内を調べるために、身体を触る機会がどうしても出てきます。

 医道審議会の医師に対する行政処分の中でも、罪名が性犯罪の場合は、非常に重くなっています。

 最近の例からしますと、強制わいせつ罪以上は、医師免許取り消し処分ですし、児童買春禁止法違反の罪で医業停止処分になっています。

 した側が正当な医療行為だと思っていても、された側がわいせつ行為だと思い、告訴されたら、準強制わいせつ罪に問われてしまう可能性があるのです。しかも、もし罪が認定されたら、医師免許取り消しという行政処分まで控えています。

 結果、性犯罪に問われないように、医療行為をする必要性も出てきました。

 そして刑事だけでなく、場合によっては、民事訴訟を起こされるリスクもありますので、医療従事者は、我が身を守るために萎縮医療になってしまいました。


モンスターペイシェントの存在

 「自分は悪くない、悪いのは自分以外の人や世間」という考えで、何でも人のせいにする人

 「これくらいはいいだろう」と勝手な解釈をして、相手のことを考えない人

 自分のことは棚上げで、何かと因縁をつけてくる人 などなど・・・

 今の世の中には、相手を思いやる気持ちがない、自己中心的な考えの人が多くなりました。

 医療現場の世界では、モンスターペイシェントと称される人達です。

 モンスターペイシェントの存在も、萎縮医療に仕向けている要因になるのですが、いろいろなパターンがありますので、ケースバイケースで対応するしかないのですが、中には、最初から金品目当てで、わざと因縁をつけてくる人もいます。

 事と次第によっては、脅迫、恐喝などの罪に該当する場合もありますので、そういう相手に対しては、速やかに警察に通報するなど、法的手段で対抗することも有だと思います。

(脅迫)
第二百二十二条  生命、身体、自由、名誉又は財産に対し害を加える旨を告知して人を脅迫した者は、二年以下の懲役又は三十万円以下の罰金に処する。
 親族の生命、身体、自由、名誉又は財産に対し害を加える旨を告知して人を脅迫した者も、前項と同様とする。

(強要)
第二百二十三条  生命、身体、自由、名誉若しくは財産に対し害を加える旨を告知して脅迫し、又は暴行を用いて、人に義務のないことを行わせ、又は権利の行使を妨害した者は、三年以下の懲役に処する。
 親族の生命、身体、自由、名誉又は財産に対し害を加える旨を告知して脅迫し、人に義務のないことを行わせ、又は権利の行使を妨害した者も、前項と同様とする。
 前二項の罪の未遂は、罰する。

(恐喝)
第二百四十九条  人を恐喝して財物を交付させた者は、十年以下の懲役に処する。
 前項の方法により、財産上不法の利益を得、又は他人にこれを得させた者も、同項と同様とする。

(未遂罪)
第二百五十条  この章の罪の未遂は、罰する。


医学は、絶えず進歩している分野

 医学は、未解明な部分が多い分野ですから、絶えず進歩しています。新たな解明(発見)により、新薬も開発されていきます。そして医療機器にしても、ソフトであるOSの進化に伴い、処理能力が大幅に高まりますので、ハードも複雑な動きが出来るようになっていきます。

 医療機器がいくら進化しても、それを使うのは人間です。機器が持っている能力を最大限発揮させるようにするためには、使いこなせるようにならなければなりません。

 人の生命に関わる仕事であるために、早く一人前になる必要もあるのですが、一人前になってからも、医学の勉強、新薬の勉強、医療機器の勉強と、絶えず自分の頭の中が最新状態になるようにしておかなければならないということがあります。

 臨床現場に入っている場合には、通常の医療業務の他にも、自分自身でこれらのことをしていく必要があります。

 もし、救命救急医療や産科の周産期医療など、時間に関係なく臨戦態勢をひかなければならないような、激務な勤務状態でありながら、これらのことをしてると、いつ身体を休めたらいいの? いつ睡眠をとればいいの? という状態になってしまいます。

 人の命を助けるために、医療行為をしているのですが、反面、医師自身が自分の命を縮めていくような状態に追い込んでしまっているのです。

 自分では分かっているけど、医師の使命としてやり続け、結果、突然死に至ってしまうこともあります。

 また、極度な緊張感の連続で、ストレスを蓄積し、自律神経系に影響を与え、精神的に病んでしまったり、ホルモンバランスが狂い、いろいろな病気を誘発してしまう場合もあります。

 自分で自分の命を守るためには、そうなってしまう前に、そのような現場から逃散するしか道はないと思います。
更新日時:
2008年08月15日





大野病院事件の医師がとった医療行為の正当性

 医療行為をする場合には、まずAという方法で治療をして、様子見をし、それで効果が出れば、そのままの治療法で続けるのだが、効果がなければBという方法に変更して治療する。ということが良くあります。

 一見AよりBの方が効果的なら、Bの方を先にすれば良さそうに見えますが、必ずA→Bという手順で進まなければいけない場合もあります。

 医師からすれば当たり前の手順だと思いますが、そうでない方の中には、どういう場合に、こういう手順になるのかを、意外と理解されていないような気がします。大野病院事件の起訴状を読んだ時に、起訴した検察官はこれが分からないのかな?と、思いましたので、大野病院事件を例にざっと書いてみます。

 実際には、C、Dとどんどん治療法が変わる場合もありますが、2つの方が分かりやすいので、AとBだけにしておきます。

 起訴状の中に医師がとった行動に触れている部分がありましたので、引用します。

 「直ちに胎盤の剥離を中止して子宮摘出術等に移行し、胎盤を子宮から剥離することに伴う大量出血による同女の生命の危険を未然に回避すべき業務上の注意義務があるのに、これを怠り、直ちに胎盤の剥離を中止して子宮摘出術等に移行せず、同日午後2時50分ころまでの間、クーパーを用いて漫然と胎盤の癒着部分を剥離した過失により」(起訴状より抜粋)

 A=胎盤剥離 B=子宮全摘 になりますが、子宮全摘は、最終手段です。臓器が子宮故に、どうしても被告医師がとった手順でしなければなりません。

 子宮全摘は極力避けなければならないことですし、女性の心理を分かっている産科医であれば尚更のこと、相手を思いやれば子宮全摘を避けるような術式にしていくのは当たり前のことです。

 子宮は、女性にとって非常に重要な臓器であり、女性から見ても思い入れが強い臓器ですから、術式の流れとしては被告医師がとった行動の方が正しく、起訴状にあるような、「胎盤剥離を直ちに中止して子宮全摘」なんてありえないことで、どんなに医学が進歩しようとも不変です。

 男性は子宮を持っていないから分からない人もいると思いますが、女性にとっての子宮は、心臓に準ずるくらい重要な臓器です。亡くなられた妊婦(女性)の気持ちがどうであったのか?をまず第一に考えてもらいたいと思います。

 それこそ、起訴状で検察官が言うような方法をとったら、「私の気持ちを無視した!」と後から、患者(妊婦&女性)自身からの訴訟の嵐になります。

 検察官が、医学の知識があり、女性の心理を分かっており、妊婦にとって、どういう風にしてあげることが一番大切なことなのかを知っていたら、起訴はありえないことです。

 不幸にも亡くなられましたが、被告医師がとった行動は、正当な医療行為であり、妊婦の気持ちを思いやってした結果です。

 「直ちに胎盤の剥離を中止して子宮摘出術等に移行せず」
 女性(妊婦)の気持ちを嫌というほど分かっていた産科医であれば、この行動は取れません。

 「クーパーを用いて漫然と胎盤の癒着部分を剥離」
 胎児を取り出した後に、すぐに縫合できません。胎盤を剥離するのは当たり前です。通常分娩でも出産の後に後産(胎盤等が排出される)します。帝王切開している以上、医師が胎盤を剥離してあげるしかありません。

 刑法第三十五条の「法令又は正当な業務による行為は、罰しない。」 に該当するので、必然的に刑法第二百十一条の業務上過失致死罪には該当しません。

 起訴状で書いてある、注意義務や過失は、医学に無知で、女性の気持ちも分かっていないのをさらけ出しているなと思いました。

 正当な行為を業務上過失致死罪で起訴したのですから、検察官(検察)に不信感を持ちます。無罪になるのが当然で、万が一裁判官(裁判所)も有罪にしたら、司法そのものにも不信感を持ちます。医師が司法不信になるのが当たり前です。

 ちなみに、こんなのが有罪として判例で残ったら、ちょっとしたことでも子宮全摘なんて、とんでもない事態になりえます。なにしろ医師自身が罪に問われないようにするには、そうするのがベターになってしまいますから・・・

 検察は正義と言いますが、医は仁術です。もし、医学知識が無いとか、女性の気持ちが理解できていない司法の判例によって、受診者(患者)の気持ちを無視した医療をしなければならなくなるようでは、終わりです。そんな医療は仁術ではありません。

 司法は判例主義ですので、判例が出れば、それに基づいて判断しますから、過去の結果が現在にも未来にも影響しますが、それに対して医療は進歩が著しい分野ですから、過去にとらわれず、新たな解明によっては、全く違うやり方にでも変化します。

 医学・医療関係は、解明されている部分よりも、未解明な部分の方がはるかに多く、研究成果によって進歩が著しい分野です。

 しかも、医師、看護師は、患者が治るように手助けする立場であり、治すのは受診者(患者)自身ですから、同じ行為に対する治療であっても、最後には、受診者(患者)が持っている生命力(体力、気力)、治癒能力などによって、違う結果になる場合だってあります。

 ある病気を治す場合には、甲という方法を取るのが一般的だけど、別の持病を持っていて、受診者(患者)の年齢や体力などを考えたら、甲とは違う乙の方法を取った方が最善であるという場合もあります。

 同じ病気であっても、受診者(患者)にとって最善の方法を選択しますし、日進月歩の医療ですから絶えず変化しています。どれが正当な業務行為なのかの基準を永遠に決められないのです。

 そういう分野の業務行為について、医学の知識もなく、医療現場での実務経験もない、警察官、検察官が、判断できるのは、誰が見ても分かるような明らかにとんでもない極一部の事例くらいで、それ以外の正当な医療の業務行為を判断するのは難しいと思います。

 医師側が刑事免責を主張するのは、大野病院事件みたいな分かりやすい事例を、間違って逮捕、起訴したぐらいだから、検察に正確な判断を期待できないから。

 正当な医療行為をして、罪がないのに罪に問われた医師もいれば、一検察官がとった行動で、危険な状態の妊婦を診ないことが唯一の防衛策になってしまい、結果妊婦たらい回しという状況が起き、何人もの罪のない妊婦が死んでいるのに、その一検察官のとった行動の罪を問えない。

 法って、何なんでしょうね。。。


 インフォームド・コンセントの難しさ

 インフォームド・コンセントは、「説明・理解と同意」「説明と理解・納得・同意」「(医療従事者の)十分な説明と(患者の)理解にもとづく同意」「医療を受ける側に立った説明と同意」「説明と理解・選択」「十分理解した上で自分で決定すること」等いろいろな訳語があります。

 基本的に「医師の説明に対して患者が理解し、同意する」という感覚であれば良いと思います。

 しかし・・・ この患者が理解する と言うのが、なかなか難しいと思います。

 私は、自分の仕事を普通は(私の動きを実際に見て、分かっている人にしか理解してもらえないという今までの経験から、言うだけ無駄ということを学習したので)言わないのですが、一応ha単位のいろいろな都市計画行為の企画、構成、指揮の3役を一人でしています。(信じる信じないは読まれた方にお任せします。)

 根回しをする関係で、行政、議員、コンサルタント、スーパーゼネコン、デベロッパー(出資者)、地権者などと直接話すことが多いです。

 強く関係している行政の部署(建設部など)や、コンサル、ゼネコン、デベロッパーなどの開発部門の人達と話す時は、普通に専門用語を使ったり、法第何条の規定とか略して話せるので、楽なのですが・・・

 都市計画行為は、いろいろな部署に関わりますので、同じ行政でもそうでない部署(建設部以外)の人にも話さなければなりません。専門部署でない人や地権者のように一般の人に話す時には、殆ど専門用語は使えませんし、条文の中身まで噛み砕いて話す必要が生じます。そうしないと、こちらが話していることを理解できずに、相手の人の頭の中では、チンプンカンプンになってしまいます。

 ゼロから話さなければならないような場合に、相手に理解してもらおうとするなら、相手が分かるように、出来る限り噛み砕いて話さないといけないのは、どこでも同じだと思いますし、時間無制限ならば、どんなに時間をかけても根気よくすれば、可能だと思いますが、時間が限られた場合には、非常に難しいと思います。

 医療従事者も専門用語を普通に使っていますが、患者は業界の人でない場合が殆どです。病名に対する先入観がある場合もありますし、全く知らない場合もあります。

 患者によって知識レベルも違いますから、理解できるように話すのは、相当大変なことになります。

 私が実際に体験したことですし、守秘義務があるわけではありませんので、ありのままのことを書きます。

 ある日、私の親父が67歳で突然倒れました。

 別の場所に住んでいたので、病院からの連絡で知りました。

 連絡してくれた看護主任の話し方が普通ではなかったので、夜中でしたが、急いで行きました。

 病院に着いて病室に入ったら、親父の様子が明らかに変でした。

 医師から説明があるとのことで、すぐに主任が呼びに来ました。

 ナースセンターに入り、脳のCT画像を見た瞬間に、事態を把握できました(この時ほど、自分に知識があるのを恨んだことはありません)。脳幹部分での大量な内出血です。状態が分かった以上、親父の意思を医師に伝えなければなりません。

 私が座ってすぐという時で、医師から説明はまだありませんでしたが、私から親父の意思を話そうとした矢先に、親父の呼吸が止まりました。

 医師は、慌てて飛び出し、応急処置をし、人工呼吸器を取り付けました。

 病室に行き、ナースセンターの椅子に座るまで時間は、ほんの2分くらいのことです。

 「どんな病気であっても、死ぬ時が寿命だ。俺には、延命治療してくれるな。どうせ死ぬならぽっくりと逝きたい。俺にその時が来たら、ちゃんとお前から先生に話してくれよ。」が、親父の意思であり、親父との約束でした。

 まだ姉も妹も着いていなかったので、「これで良かったんだ」とか、話す前になったのだから「これも親父の意思だ」と自分に言い聞かせましたが、親父との約束は守れませんでした。

 医師がナースセンターに戻ってきてから、話しを始めたのですが、説明されなくても分かっていることを話し、親父の意思を伝えました。

 一旦人工呼吸器を取り付けた以上、容態が回復しないことには外せないのも、治療を止めるわけにもいかないのも分かっていますから、全ての治療を現状維持してもらい、親父の心臓が止まり、自分で生きるのを止めたら、そのまま静かに逝かせてやってもらいたいと伝えました。

 今度は、パニックになっているおふくろに、親父の状態を説明しなければいけません。

 おふくろには、難しい説明をしても理解できないのは分かっていますから・・・「今の医学では絶対に治せないから、どこの病院に連れていっても無理だ。手術もしない。親父の意思を先生に伝えたから、そのようにしてくれる。覚悟するようにな。」とだけ言いました。

 それから、葬儀屋の手配です。。。葬儀屋の社長が親父の友人でしたから、倒れたことも連絡しなければならなかったのですが、病院から自宅までの霊柩車も頼んでおかないといけません。

 病院から歩いて行ける所に社長の自宅がありましたし、外の風に当たりたい心境でしたので、歩いて行ってきました。

 病院に戻った時には、姉の家族と妹夫婦が着いていました。「先生から説明を聞いたけど、よく分からなかった。なんとか治らないの?」と私に聞いてきました。

 姉と妹には、脳幹付近で大量に出血していること、脳幹が身体の中でどういう働きをしている部分なのか、脳内で出血すると脳細胞がどういうことになのか、親父の意思のこと、今後の治療法のこと、助からないから覚悟しておくことなどを、理解できるように、ゆっくりと分かりやすい言葉を使って説明しました。

 話しが済んだ頃には、夜が明けていました。

 インフォームド・コンセントを私の場合に当てはめてみます。

 医師が私に要した説明の時間は、1分かかっていません。

 それに対して、姉や妹には、それぞれ約10分くらいかけて説明してもらったとのことですが、理解できなかったようです。再度私から、約1時間かけて説明し、現状認識、治療法への納得が出来ました。

 私の場合には、私から家族や親戚に説明できますから、医師の負担を軽減させることを出来ますが・・・

 医師の場合は、日常的に一般の人にしなければなりません。「言った」「聞いていない」で揉める場合も予測できます。これも医師を疲弊化させている原因の一つかも知れませんね。
更新日時:
2008年08月19日





メディアの報道姿勢の影響

 患者側に医療行為に対する不信感を植え付けたのに、メディアの報道姿勢が大きく影響していると思います。

 私のサイトには、性犯罪というコンテンツがあるのですが、いろいろな傾向を探るために逮捕事例や判決事例、懲戒処分例の記事を集めていた時期がありました。

 欲望は、人であれば、年齢、地位、肩書き、名声、職業に関係なく、誰もが持っているものです。医師であっても例外ではありません。

 性欲、食欲、金欲など欲望にもいろいろありますが、これも同じで誰もが持っています。

 性犯罪容疑で逮捕された容疑者の中にも、有罪判決を受けた被告の中にも、数は少ないのですが、職業が医師の人はいました。医師も人ですから、中にはそういう人もいます。

 なのですが・・・

 医師故に、メディアの扱いが違うのです。

 地位、名声がある人ほど、ニュースソースとして美味しい存在なので、大々的に扱うのですよね。

 職業が医師というだけで、「これって本当に準強制わいせつ容疑なの?」と私が首を傾げるようなものなのに、活字記事だけでなく、映像での配信までされてしまっているし、軽微な罪で普通の職業なら活字にもならないものまで、配信されています。

 いくら事例が少なくても、大々的に配信されたら、それを見た人も多くなります。

 メディアの報道を見た人の中には、「(実際には罪に該当していなくても、逮捕というメディアの報道事実だけで)こういう場合には、罪になるんだ」と学習してしまう人も出てきます。

 医療従事者は、他の職業と違い、患者を治療する場合には、診察しなければならないということがあります。服の上から聴診器をあてるわけにもいきませんし、触診をする場合だってあります。言い方を変えると、触りたくなくても、患者を治療するためには、触らざるを得ない職業です。

 それを触り方が厭らしかったからと、準強制わいせつ罪で患者側が告訴する場合だってありうるのです。(現にそれらしき逮捕事例もありました。)

 性犯罪に限らず、業務上過失致死傷など刑事事件の容疑で逮捕されたり、罪に問われてしまっては、たまりませんので、医療従事者は医療行為をする際に萎縮してしまいますが・・・

 患者側に医療行為や医療従事者への不信感を植え付けたのは、医師(医療従事者)に対するメディアの報道姿勢によるものが大きく影響していると思います。
更新日時:
2008年08月20日



   医療再生に向けて


 医療制度崩壊について、ざっと考えられることを書いていったのですが・・・

 ここでは、医療再生に向けて、考えられるを書いていこうと思います。

 こちらの項目も、随時追加していきますので、よろしくお願いいたします。

福島県立大野病院事件 福島地裁判決要旨(2008/08/20)
第一幕 大野病院事件裁判で無罪判決
第二幕 控訴断念、無罪判決確定へ
第三幕 無罪判決の波及効果で、刑事訴訟リスク低下へ
疾病治療は、患者自身と医療従事者の二人三脚で・・・





福島県立大野病院事件 福島地裁判決要旨(2008/08/20)


【主文】

 被告人は無罪。

【理由】

■第1 出血部位等

▽1 出血部位

 胎盤剥離開始後の出血のうちの大部分は、子宮内壁の胎盤剥離部からの出血と認められる。

▽2 胎盤剥離中および剥離直後の出血程度

 胎盤剥離中に出血量が増加したことが認められるところ、胎盤剥離中の具体的な出血量については、麻酔記録等から、胎盤挽出時の総出血量は2555ミリリットルを超えていないことが、カルテの記載および助産師の証言等から、遅くとも午後3時ごろまでに出血量が5000ミリリットルに達したことが認められる。

■第2 本件患者の死因および被告人の行為との因果関係

▽1 死因

 鑑定は、本件患者の死因は胎盤剥離時から子宮摘出手術中まで継続した大量出血によりショック状態に陥ったためであり、他の原因は考えにくいとする。

 同鑑定の内容は、本件患者の循環血液量の絶対量が不足する状態が長時間継続していた手術経過に合致し、死亡診断書およびカルテに記載された被告人の判断および手術を担当した他の医師らの判断とも合致している。

 したがって、本件患者の死因は出血性ショックによる失血死であると認められる。

▽2 因果関係

 本件患者の死因が出血性ショックによる失血死であり、総出血量のうちの大半が胎盤剥離面からの出血であることからすれば、被告人の胎盤剥離行為と本件患者の死亡との間には因果関係が認められる。

■第3 胎盤の癒着部位、程度

▽1 当事者の主張

@検察官の主張

 検察官は、本件患者癒着胎盤が子宮後壁から前壁にかけての嵌入胎盤であり、前回帝王切開創部分は嵌入胎盤であった旨主張し、その根拠として、A鑑定、胎盤剥離に要した時間が長かったことを挙げる。

A弁護人の主張

 弁護人は、B鑑定を根拠に、癒着の部位は子宮後壁の一部であり、前回帝王切開創を含む前壁には存在しなかった上、絨毛の侵入の程度は筋層全体の5分の1程度である旨主張する。

▽2 検討

@癒着部位について

ア)A鑑定は子宮筋層と絨毛の客観的な位置関係を認定するというレベルでは一応信用性が高いと評価できるが、胎盤の観察、臨床医の情報等を考慮しておらず、子宮の大きさ、胎盤の形や大きさ、帝王切開創部分と胎盤の位置関係、臍帯を引いたときの胎盤と子宮の形、胎盤剥離時の状況等に関する事実と齟齬する点がある。したがって、A鑑定が指摘する部分すべてに癒着胎盤があったかは相当に疑問であり、その結果をそのまま癒着胎盤が存在する範囲と認定することはできない。

イ)B鑑定は胎盤の写真を鑑定資料に加えて、胎盤が存在し得ない場所に絨毛が存在することにつき合理的説明を加えていることなどから、その鑑定手法の相当性は是認できる。

 しかし、胎盤の写真を根拠として癒着の有無を正確に判断することには困難が伴うと考えざるを得ないことなどの事情を総合すれば、B鑑定は、A鑑定と異なる部分について、A鑑定に対し合理的な疑いを差し挟む論拠を提供するには十分な内容を有しているものの、積極的にその結果のすべてを是認し得るまでの確実性、信用性があるかついては疑問の余地が残る。

ウ)以上からすれば、A鑑定で後壁の癒着胎盤と判断した標本から、B鑑定が一応合理的な理由を示して疑問を呈した部分を除いた標本部分については癒着胎盤があり、胎盤剥離状況や剥離に要した時間に鑑みると、癒着範囲は相当程度の面積を有していたと認めら得る。

A前回帝王切開創について

ア)本件患者の子宮標本のうち、絨毛および糸の存在が認められる部分があり、A鑑定は同部分を嵌入胎盤としている。

イ)同部分を前回帝王切開創と見ることに不合理な点はないものの、同部分が用手剥離等によらず剥離できたこと、また、B鑑定は同部分を癒着胎盤と評価していないことからすれば、絨毛が観察されたことをもって、ただちに癒着胎盤と認めることには疑問が残る。

B癒着の程度

 癒着の程度については、A、B鑑定に差異はあるものの、本件の癒着胎盤がある程度子宮筋層に入り込んだ嵌入胎盤であることについては、両鑑定ともに一致する。

▽3 結論

@癒着部位

 胎盤は、子宮に胎盤が残存している箇所を含む子宮後壁を中心に、内子宮口を覆い、子宮前壁に達していた。子宮後壁は相当程度の広さで癒着胎盤があり、少なくともA鑑定で後壁の癒着胎盤と判断した部分から、B鑑定が一応合理的な理由を示して疑問を呈した部分を除いた部分については癒着していた。

A程度

 癒着の程度としては、ある程度絨毛が子宮筋層に入り込んだ嵌入胎盤の部分があった。

■第4 予見可能性

▽1 当事者の主張

@検察官の主張

 検察官は、被告人は手術前の検査で、本件患者が帝王切開手術既往の全前置胎盤患者であり、その胎盤が前回帝王切開創の際の子宮切開創に付着し、胎盤が子宮に癒着している可能性が高いことを予想していた上、帝王切開手術の過程で、子宮表面に血管の怒張を認め、児娩出後には臍帯を牽引したり子宮収縮剤を注射するなどの措置を行っても胎盤が剥離せず、用手剥離中に胎盤と子宮の間に指が入らず用手剥離が不可能な状態に直面したのであるから、遅くとも同時点で胎盤が子宮に癒着していることを認識したと主張する。

 そして被告人は、癒着胎盤を無理にはがすと、大量出血、ショックを引き起こし、母体死亡の原因になることを、産婦人科関係の基本的な医学書の記載等から学び、また手術以前に、帝王切開既往で全前置胎盤の患者の手術で2万ミリリットル弱出血した事例を聞かされていたのであるから、癒着認識時点後に、胎盤の剥離を継続すれば、子宮の胎盤剥離面から大量に出血し、本件患者の生命に危険が及ぶおそれがあることを予見することが可能であったと主張する。

A弁護人の主張

 これに対し弁護人は、被告人は癒着胎盤であることを認識していなかった上、仮に癒着胎盤であることを認識したとしても、前置胎盤および癒着胎盤の場合、用手剥離で出血があることは当然であり、出血を見ても剥離を完遂することで子宮収縮を促して止血を期待し、その後の止血措置をするのがわが国の医療の実践であるから、大量出血を予見したことにはなり得ないと主張する。

▽2 被告人の癒着胎盤の認識

@被告人の手術直前の予見、認識

 手術に至るまでの事実経過に照らすと、被告人は手術直前には、子宮を正面から見た場合に、胎盤は本件患者から診て左側部分にあり、前回の帝王切開創の左側部分に胎盤の端がかかっているか否か微妙な位置にあると想定し、本件患者が帝王切開手術既往の全前置胎盤患者であることを踏まえて、前壁にある前回帝王切開創への癒着胎盤の可能性を排除せずに手術に臨んでいたが、癒着の可能性は低く、5%に近い数値であるとの認識を持っていたことが認められる。

A被告人の手術開始後の予見、認識

ア)血管の怒張

 本件患者の腹壁を切開し子宮表面が露出された際、子宮前壁の表面に血管の怒張が存在したことが認められる。この点につき、検察官は癒着胎盤の特徴として、子宮表面に暗紫色の血管の怒張が見られるとする。

 しかしながら、被告人はこれにつき前置胎盤患者によく見られる血管であり、癒着胎盤の兆候としての血管の隆起とは異なる旨診断したと供述しており、当該診断が不自然であるとは認められない。

 したがって、上記血管の怒張を見た段階で、被告人が前述の通りの術前の癒着の可能性の程度に関する認識を変化させたと認めることはできない。

イ)胎盤の用手剥離を試みたが、胎盤と子宮の間に指を入れることができなくなったこと

 被告人は用手剥離中に胎盤と子宮の間に指が入らず用手剥離が困難な状態に直面した時点で、確定的とまではいえないものの、本件患者の胎盤が子宮に癒着しているとの認識をもったと認めることができる。

 しかしながら、前回帝王切開創部分に癒着胎盤が発生する確率が高いのは、前回帝王切開瘢痕部付近は脱落膜が乏しいためと考えられており、この理由は子宮後壁部分の癒着には当てはまらない。したがって、被告人が有していた前壁の予見、認識が、段階的に高まって癒着剥離中の癒着の認識に至ったと考えることはできない。

▽3 大量出血の予見可能性

 癒着胎盤を無理にはがすことが、大量出血、ショックを引き起こし、母体死亡の原因となり得ることは、被告人が所持していたものも含めた医学書に記載されている。したがって、癒着胎盤と認識した時点において、胎盤剥離を継続すれば、現実化する可能性の大小は別としても、剥離面から大量出血し、ひいては本件患者の生命に危機が及ぶおそれがあったことを予見する可能性はあったと解するのが相当である。

■第5 被告人が行った医療行為の妥当性・相当性、結果を回避するための措置として剥離行為を中止して子宮摘出手術に移行すべき義務の有無

▽1 検察官の主張

 検察官は、子宮摘出手術等への移行可能性とこれによる大量出血の回避可能性があることを前提とした上で、被告人は遅くとも用手剥離中に本件患者の胎盤が子宮に癒着していることを認識した時点で、ただちに胎盤剥離を中止して子宮摘出手術等に移行し、大量出血による本件患者の生命の危険を未然に回避すべき注意義務があったとするので、移行可能性、回避可能性について検討した後、医学的準則および胎盤剥離中止義務について検討する。

▽2 子宮摘出手術等への移行可能性

 被告人が胎盤が子宮に癒着していることを認識した時点においては、本件患者の全身状態は悪くなく、意識もあり、子宮摘出同意の再確認も容易な状況にあった。したがって、手術開始時から子宮摘出手術も念頭においた態勢が取られていたこと等に鑑みれば、検察官が主張する通り、同時点において、被告人がただちに胎盤剥離を中止して子宮摘出手術等に移行することは可能であったと認められる。

▽3 移行等による大量出血の回避可能性

 一般論として、通常の胎盤剥離の出血量よりも前置胎盤の剥離の出血量の方が多く、それよりもさらに前置胎盤と癒着胎盤を同時に発症している胎盤の剥離の出血量の方が多いことが認められる。

 本件において、クーパー(手術用はさみ)使用開始直前時点までに被告人が用手剥離によって剥離を終えていた胎盤は、後壁部分と考えられる部分のおよそ3分の2程度であり、胎盤全体との関係では3分の1程度である。この剥離部分は、用手剥離で剥離できた部分で、そこからの出血はあまり見られず、出血が多かったのは、その後、被告人がクーパーを使用して剥離した後壁下部であったこと、用手剥離できた部分は後壁の上の方に付着していた部分であり、病理学的にも癒着胎盤と認める根拠に乏しい部分であることから、この剥離部分からの出血量は、いわゆる通常の胎盤の剥離の場合の出血量と同程度と推認される。

 そうすると、胎盤剥離を中止して子宮摘出手術等に移行した場合に予想される出血量は、胎盤剥離を継続した場合である本件の出血量が著しく大量となっていることと比較すれば、相当に少ないであろうということは可能であるから、結果回避可能性があったと解するのが相当である。

▽4 医学的準則および胎盤剥離中止義務

@検察官の主張

 検察官は移行可能性と回避可能性がいずれもあることを前提とした上、さらに、胎盤剥離を継続することの危険性の大きさ、すなわち大量出血により本件患者を失血死、ショック死させる蓋然性が高いことを十分に予見できたこと、および子宮摘出手術等に移行することが容易であったことを挙げ、癒着胎盤であることを認識した以上、ただちに胎盤剥離を中止して子宮摘出手術等に移行することが本件当時の医学的準則であり、本件において、被告人には胎盤剥離を中止する義務があったと主張する。そして、上記医学的準則の根拠として、医学書およびC医師の鑑定(C鑑定)を引用する。

A弁護人の主張

 これに対し弁護人は、癒着胎盤で胎盤を剥離しないのは、@開腹前に穿通胎盤や程度の重い嵌入胎盤と診断できたものA開腹後、子宮切開前に一見して穿通胎盤や重い嵌入胎盤と診断できたものB胎盤剥離を試みても癒着していて最初から用手剥離ができないもの−であり、用手剥離を開始した後は出血していても胎盤剥離を完了させ、子宮の収縮を期待するとともに止血操作を行い、それでもコントロールできない大量出血をする場合に子宮を摘出するのがわが国の臨床医学の実践における医療水準であると反論する。

B産科の臨床における医療措置

ア)本件では、癒着胎盤の剥離を開始した後に剥離を中止し、子宮摘出手術等に移行した具体的な臨床症例は、検察官側からも被告人側からも提示されておらず、また、当公判廷において証言した各医師も言及していない。

イ)次に、上記医師らのうち、C医師のみが検察官の主張と同旨の見解を述べるが、同医師が腫瘍を専門とし、癒着胎盤の治療経験に乏しいこと、同医師の鑑定や証言は同医師自ら述べる通り、自分の直接の臨床経験に基づくものではなく、主として医学書等の文献に依拠したものであることからすれば、同医師の鑑定結果および証言内容を、臨床における癒着胎盤に関する標準的な医療措置、あるいはこれを基準とした事案分析と理解することは相当ではない。

ウ)他方、上記医師らのうちDおよびE医師の産科の臨床経験の豊富さ、専門知識の確かさは、その経歴からのみならず、証言内容からもくみ取ることができ、少なくとも臨床における癒着胎盤に関する標準的な医療措置に関する証言は、医療現場の実際をそのまま表現しているものと認められる。また、中規模病院に勤務するF医師も同様の見解を述べる。

 そうすると、本件では、D、E両医師の鑑定ないし証言等から、「開腹前に穿通胎盤や程度の重い嵌入胎盤と診断できたもの、開腹後、子宮切開前に一見して穿通胎盤や程度の重い嵌入胎盤と診断できたものについては胎盤を剥離しない。用手剥離を開始した後は、出血をしていても胎盤剥離を完了させ、子宮の収縮を期待するとともに止血操作を行い、それでもコントロールできない大量出血をする場合には子宮を摘出する」ということが、臨床上の標準的な医療措置と解するのが相当である。

エ)医学書の記載

 医学書に記載された癒着胎盤の治療および対処法をみると、用手剥離にとりかかる前から嵌入胎盤、穿通胎盤であることが明確である場合、あるいは剥離を試みても全く胎盤剥離できない場合については、用手剥離をせずに子宮摘出をすべきという点では、おおむね一致が見られる。しかしながら、用手剥離開始後に癒着胎盤であると判明した場合に、剥離を中止して子宮摘出を行うべきか、剥離を完了した後に止血操作や子宮摘出を行うのかという点については、医学書類から一義的に読みとることは困難である。

オ)判断

(あ)検察官は、癒着胎盤であると認識した以上、ただちに胎盤剥離を中止して子宮摘出手術等に移行することが本件当時の医学的準則であり、本件において、被告人には胎盤剥離を中止する義務があったと主張する。これは一部の医学書およびC鑑定に依拠するものであるが、C鑑定が臨床経験よりも多くを医学書に依拠していることは前述の通りであるから、結局、検察官の主張は医学書の一部の見解に依拠したものと評価することができる。

(い)しかし、検察官の主張は以下の理由から採用できない。

a)臨床に携わっている医師に医療措置上の行為義務を負わせ、その義務に反したものには刑罰を科す基準となり得る医学的準則は、当該科目の臨床に携わる医師が、当該場面に直面した場合にほとんどの者がその基準に従った医療措置を講じているといえる程度の、一般性あるいは通有性を具備したものでなければならない。

 なぜなら、このように解さなければ、臨床現場で行われている医療措置と一部の医学書に記載されている内容に齟齬があるような場合に、臨床に携わる医師において、容易かつ迅速に治療法の選択ができなくなり、医療現場に混乱をもたらすことになるし、刑罰が科せられる基準が不明確となって、明確性の原則が損なわれることになるからである。

 この点につき、検察官は一部の医学書やC鑑定に依拠した医学的準則を主張しているのであるが、これが医師らに広く認識され、その医学的準則に則した臨床例が多く存在するといった点に関する立証はされていないのであって、その医学的準則が上記の程度に一般性や通有性を具備したものであることの証明はされていない。

b)また、検察官は前記の通り、胎盤剥離を継続することの危険性の大きさや、患者死亡の蓋然性の高さや、子宮摘出手術等に移行することが容易であったことを挙げて、被告人には胎盤剥離を中止する義務があったと主張している。

 しかし、医療行為が身体に対する侵襲を伴うものである以上、患者の生命や身体に対する危険性があることは自明であるし、そもそも医療行為の結果を正確に予測することは困難である。したがって、医療行為を中止する義務があるとするためには、検察官において、当該医療行為に危険があるというだけでなく、当該医療行為を中止しない場合の危険性を具体的に明らかにした上で、より適切な方法が他にあることを立証しなければならないのであって、本件に即していえば、子宮が収縮しない蓋然性の高さ、子宮が収縮しても出血が止まらない蓋然性の高さ、その場合に予想される出血量、容易になし得る他の止血行為の有無やその有効性などを、具体的に明らかにした上で患者死亡の蓋然性の高さを立証しなければならない。そして、このような立証を具体的に行うためには、少なくとも相当数の根拠となる臨床症例、あるいは対比すべき類似性のある臨床症例の提示が必要不可欠であるといえる。

 しかるに、検察官は一部の医学書およびC鑑定による立証を行うのみで、その主張を根拠づける臨床症例は何ら提示していないし、検察官の示す医学的準則が一般性や通有性を具備したものとまで認められないことは、上記a)で判示した通りである。そうすると、本件において、被告人が胎盤剥離を中止しなかった場合の具体的な危険性が証明されているとはいえない。

(う)上記認定によれば、本件では、検察官の主張に反して、臨床における癒着胎盤に関する標準的な医療措置が医療的準則として機能していたと認められる。

(え)以上によれば、本件において、検察官が主張するような、癒着胎盤であると認識した以上、ただちに胎盤剥離を中止して子宮摘出手術等に移行することが本件当時の医学的準則であったと認めることはできないし、本件において被告人に、具体的な危険性の高さ等を根拠に胎盤剥離を中止すべき義務があったと認めることもできない。したがって、事実経過において認定した被告人による胎盤剥離の継続が注意義務に反することにはならない。

▽5 結論

 以上の検討結果によれば、被告人が従うべき注意義務の証明がないから、この段階で、公訴事実第1はその証明がない。

■第6 医師法違反

▽1 検討
 医師法21条にいう「異状」とは、同条が、警察官が犯罪捜査の端緒を得ることを容易にするほか、警察官が緊急に被害の拡大防止措置を講ずるなどして社会防衛を図ることを可能にしようとした趣旨の規定であることに照らすと、法医学的にみて、普通と異なる状態で死亡していると認められる状態であることを意味すると解されるから、診療中の患者が診療を受けている当該疾病によって死亡したような場合は、そもそも同条にいう異状の要件を欠くというべきである。

 本件において、本件患者は前置胎盤患者として、被告人から帝王切開手術を受け、その際、子宮内壁に癒着していた胎盤の剥離の措置を受けていた中で死亡したものであるが、被告人が癒着胎盤に対する診療行為として過失のない措置を講じたものの、容易に胎盤が剥離せず、剥離面からの出血によって、本件患者が出血性ショックとなり、失血死してしまったことは前記認定の通りである。

 そうすると、本件患者の死亡という結果は、癒着胎盤という疾病を原因とする、過失なき診療行為をもってしても避けられなかった結果といわざるを得ないから、本件が医師法21条にいう異状がある場合に該当するということはできない。

▽2 結論
 以上によれば、その余について検討するまでもなく、被告人について医師法21条違反の罪は成立せず、公訴事実第2はその証明がない。





第一幕 大野病院事件裁判で無罪判決

 昨日(8月20日)、大野病院事件の第一審判決が出たようなので、判決要旨を読みましたが、産科医療現場の実情に即した至極真っ当な内容になっていました。

 とにかく裁判官が、起訴した検察官のように無知でなくて、安堵しました。

 これで、司法(裁判所)不信を避けることが出来ました。


第二幕 控訴断念、無罪判決確定へ

 第一幕は終わりましたが、ここから第二幕になります。

 判決に不服の場合は、通常、検察は控訴しますが、この裁判をこれ以上長引かせるわけにはいきません。

 何故なら、何としてでも、産科医の逃散(産科医療崩壊)を止めなければならないからですが・・・ 同時に、医師の検察不信も払拭する必要があるからです。

 起訴した場合と、控訴した場合とでは、大きな違いがあります。

 起訴の場合は、地検の一検察官の判断で出来ますが、控訴の場合は、地検と上級官庁である高検と相談の上で決めます。控訴しただけで、責任が個人から組織に変わります。

 検察庁は独立した機関ですが、実際には、法務省という行政組織に属しています。産科医の逃散(産科医療崩壊)は、地方の行政機関が抱えている深刻な問題であり、日本全体の問題でもあります。

 国の行政機関である法務省管轄の検察庁が、国が抱えている深刻な問題をより悪い方向にもっていくようなことは出来ません。

 あの判決要旨なら、仙台高検が福島地検から受け取らないでしょうし、今なら、地検の一検察官の判断ミスで済ませられます。

 地検は控訴断念しか道はありません。

 地検が控訴断念すれば、無罪確定になりますから、そういう判例として残ります。

 無罪が確定したら、元被告側が、刑事補償、国家賠償の手続きをし、補償金(賠償金)を元被告医師が受け取ることで第二幕が終了します。


第三幕 無罪判決の波及効果で、刑事訴訟リスク低下へ

 そして、最後の第三幕になります。

 大野病院事件では、関わった警察官、検察官が、医学・医療、女性の子宮に対する思いなどをまるっきり分かっていなかったことを露見してくれました。

 今回のような分かりやすい事例は別としても、医療、特にオペが関係してる部分に関しては、術式は医師によって様々だし、同じ疾病の患者であっても状態によっては様々です。その場その場で対処しながらしていくのですから、医業を知らない者が、例え医師が書いたものであっても、自分以外の第三者が書いた鑑定書なんかで逮捕起訴の判断をするなんてことは間違いの元なのです。

 業務上過失致死傷罪にある業務を医業に当てはめると、罪に問うべき行為が、正当な業務か、そうでない業務なのかの区別をしようにも、警察官・検察官が、(臨床現場に入らないと分からないこともありますから・・・)医師レベルくらいに医業を理解していないと区別がつかないことを証明してくれました。

 区別をつける事が出来るようになるには、医師レベルくらいに医業を理解できるようにならないといけませんが、そのためには、医学部に入って勉強する必要がありますし、国家試験を通る必要もありますし、医局で研修し、実務経験も積む必要があります。(大学6年、研修2年、一人立ちしてから2年で、最低でも10年くらいかな?)それを、警察官、検察官がする必要があるのですが・・・ しませんよね^^;;

 今回の事件は、産科医逃散、産科医療崩壊の原因となった事件であり、全国的に有名になったため、結果は全国の警察・検察が知るところとなりました。

 もし医師を逮捕・起訴して、今回の大野病院事件のように公判維持出来ず、無罪になったら、その責任が、後で自分の所に返ってきますから・・・(ちなみに公務員も民間もお決まりのコースですが、どうなるかは、読まれた方が、ご想像ください。)警察官は、医師を業務上過失致死傷容疑で逮捕することに消極的になりますし、検察官は、医師を業務上過失致死傷罪で起訴することに消極的になります。

 今回のような事例が減りますので、結果的に刑事訴訟リスクが低くなります。

 医師が刑事免責要求するのは、刑事訴訟リスクが高いと、危険な状態の患者を診ることが出来なくなってしまうということがあるからだと思うのですが、医業という一業種だけ特別に刑事免責とするのは、法の下に平等という大原則との整合性がとれないので、実現させるには憲法改正という非常に高いハードルがあります。まず、実現不可能に近いと思います。

 ですが、刑事訴訟リスクを低くするということであるなら、実現にハードルが高い刑事免責でなくても、今回の無罪判決の波及効果で似たような状況になります。

 今回の大野病院事件での判決が、逆(有罪判決)の場合には、逃散に拍車をかけてしまいます。

 もし産科医療だけでなく、脳神経外科、外科、救命救急医療など刑事訴訟リスクが高い診療科目に携わる医師達の逃散を止めようとするのなら、一刻も早い無罪判決確定が一番効果的であり、唯一の方法だと思いますね。
更新日時:
2008年08月21日





疾病治療は、患者自身と医療従事者の二人三脚で・・・

 今回の大野病院事件でのメディアなどのコメントを見ていて、非常に気になったことがありました。

 確かに、医療従事者とそれ以外の人とでは、医学・医療に関しての知識レベルに大きな差もありますが、もしかしたら、医療従事者以外の方々が、これらの当たり前のことを分かっていない場合もあると思い、念のために書いておきます。

 医学、医療技術は進歩していますが、限界もあります。

 医学は万能ではありません。出来ることと出来ないことがあります。

 生あるものには、逃れられない宿命として死があります。人も同じでいつか死が訪れます。

 それぞれの人が持っている体質、体力などの違いによって、生命力も違います。

 死が訪れる時は、その人の生命力によって違ってきます。

 今の世の中には、自己中であったり、何でも責任転嫁する人達が増えたために、予防をしない、病気になったら、全て医師任せ、何かあれば、医療従事者(医師、看護師)のせいにするという考え方の人達(モンスターペイシェント)が存在するようになってしまいました。困った時代になったものだと思います。

 参考までに、以下にすごく当たり前のことを例にして書いておきます。

 疾病には、患者自身がなります。その疾病には、治療を担当する医師など医療従事者がなるわけではありません。医療従事者は、患者の疾病を治すのを手伝うのであって、最後は患者自身が持っている治癒能力や生命力で治します。

 例えば、骨折した場合で考えてみます。

 骨折したのは患者自身です。
 複雑骨折であったために、整形外科医が手術をして折れた骨を繋ぎました。
 患者自身が持っている治癒能力で、折れた骨を繋いだ部分を軟骨で覆うようになりました。
 骨がくっ付くまで、大事をとっていたので、体力が落ちてしまいました。
 体力回復と折れた部分を元どうり使えるようにするためにリハビリを始めました。
 リハビリをちゃんとしたので、骨折前に近い状態まで回復しました。

 この中で、医師でないと出来ないのは、手術の部分だけです。それ以降は、患者自身の姿勢如何で良くも悪くもなっていきます。

 次にストレスが原因の疾病は多いので、その場合を例にしてみます。

 好むと好まざるに関係なくストレスが降ってくる場合もありますが、そのストレスにしても蓄積してしまうのは当人です。自分自身で疾病になるようにしてしまっているのです。

 原因がストレスでしたら、いくら治療をしても、ストレスを許容範囲内以上に蓄積しないようにしないと、いつまで経っても治りません。当人がストレスを許容範囲内に納まるように適度に解消していかないと治りませんから、これも当人の姿勢次第です。

 この場合でも、疾病にしてるのも患者自身なら、疾病を治すのも患者自身なんです。

 中には医師でしか出来ない部分もありますが、基本的に、医師というのは、患者が治るように手助けしている立場であって、医師だけが治しているわけではありません。疾病に対しては、医療従事者と患者が二人三脚で立ち向かうものだと言うことを本当に理解してもらいたいと思いました。
更新日時:
2008年08月26日



   業務上過失について・・・


 大野病院事件では、医師が業務上過失致死罪に問われたのですが、事件が広くメディアに取り上げられたために、この「業務上過失」というのがどういうことなのかを勘違いされているように感じました。

刑法

(業務上過失致死傷等)
第二百十一条  業務上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者は、五年以下の懲役若しくは禁錮又は百万円以下の罰金に処する。重大な過失により人を死傷させた者も、同様とする。
2  自動車の運転上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者は、七年以下の懲役若しくは禁錮又は百万円以下の罰金に処する。ただし、その傷害が軽いときは、情状により、その刑を免除することができる。

 法は、守らなければならないことなんですが、条文の書き方によっては、一見して複雑にしてしまうという面も持っています。

 分からないが故に不安になるということもあると思いますので、簡単にですが、この業務上過失致死罪について書いておきます。

業務上過失致死罪と過失致死罪の違い
医師の業務の場合
自動車運転の場合
料理屋が・・・ の場合
ベビーシッターの場合
看護師の勘に頼って・・・ の場合
主婦がベランダから物干し竿を落っことして・・・ の場合
刑事免責の主張について・・・





業務上過失致死罪と過失致死罪の違い

 まずは、業務上過失致死傷と過失致死傷を比べて書いてみます。刑法の過失致死と業務上過失致死の条文を見比べてください。

(過失致死)
第二百十条  過失により人を死亡させた者は、五十万円以下の罰金に処する。

(業務上過失致死傷等)
第二百十一条  業務上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者は、五年以下の懲役若しくは禁錮又は百万円以下の罰金に処する。重大な過失により人を死傷させた者も、同様とする。
2  自動車の運転上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者は、七年以下の懲役若しくは禁錮又は百万円以下の罰金に処する。ただし、その傷害が軽いときは、情状により、その刑を免除することができる。

 罪を裁くのは裁判所です。それも法に基づいて裁きます。いろいろな法に規定されている範囲内でしか裁けません。

 業務上過失の場合には、法の条文が「業務上必要な注意を怠り」となっています。必要な注意を怠ったということを判断するには、前もってその必要な注意すべきことがどういうものなのかを教えておかないと、注意義務として課すことができません。

 「必要な」と謳ってある以上、その「必要な」ことを何らかの法で明記する必要がでてきます。法で注意義務(ある行為をするにあたって要求される一定の注意を払うべき法的義務)と言う場合には、必ず何らかの法によって義務を負わされている場合です。

 ちなみに、法の条文の語尾が「ねばばらない。」とか「してはいけない。」などと謳ってある場合が義務項目です。それに対して、「できる。」といういう場合は、権利項目になります。

 どういう形にしろその人を教育してその注意義務を守れるだけの能力があるかどうかを確かめておく必要があります。ですので教育した後に試験をし、基準点をクリアした者だけに免許(許可)を与えます。

 そして、辞書で「業務」を引くと「職業や事業などに関して、継続して行う仕事」となっていますが、「業務上過失」の「業務」は法律用語で「社会生活上の地位に基づき反復継続して行う行為で、かつ、他人の生命・身体に危害を加えるおそれのあるもの」なんです。

 で、死傷させたことで罪に問うわけですから、その必要な注意義務が、「他人の生命・身体に危害を加えるおそれのある」ことでもならなければなりません。

 ですので、例え仕事中であっても、その仕事が「社会生活上の地位に基づき反復継続して行う行為で、かつ、他人の生命・身体に危害を加えるおそれのあるもの」でなければ、第二百十一条の業務上過失致死ではなく、第二百十条の過失致死の方になるのですよね。

 ですので、この文中の「社会生活上の地位」を「何らかの免許」と読み替えると分かりやすいかも知れないです。

 自動車運転致死傷罪でも、運転中の過失で事故を起こし相手を死傷したら、業務上過失致死傷罪に問われていたのは、自動車運転免許という「社会生活上の地位」を有しているからです。

 例えば、自動車を運転していた時が、仕事中ではなく、私的な旅行中であっても、自動車の運転をしている最中であれば業務中には違いないので、もし過失で事故を起こし相手を死傷させた場合には、罪に問われる可能性がでてきます。(自動車運転の場合は、軽傷は大部分が不起訴ですが、相手が重傷であっても過失相殺がありますので、不起訴になる場合も多くあります。)

 業務上過失の業務は、こういうことですので、例えば医療に当てはめて考えると、業務に該当するのは、医師免許、歯科医師免許、看護師免許、薬剤師免許、助産師免許などの免許を持っている人が対象になると思いますし、使い方を誤ると身体に危害を加えるおそれがありそうなのを、他の業種で考えると、美容師免許、理容師免許が必要な美容師、理容師、ふぐを調理することが可能になる免許を持っているふぐ調理師とかが対象になるわけです。

 自動車運転免許は業種に関係なく持っている人は持っていますので除外すると、「反復継続して行う行為で、かつ、他人の生命・身体に危害を加えるおそれのある」ことを仕事にしている業種って・・・ 考えてもなかなか思い浮かばないので、意外と少ないと思いますね。

 人に義務を負わせるには、何らかの法に明記したり、行政処分をすることが必要になります。「業務上必要な注意を怠った」かは、その業務において「業務上の注意義務」を負わされているから、怠ったことで過失になります。


 次にいろいろな場合に当てはめて考えてみます。

 中には、ありえないだろうと思われる想定もありますが、業務上過失致死傷で言う業務がどういうことを指しているのかを分かりやすくするために入れてあります。



医師の業務の場合

 刑法第三十五条で「法令又は正当な業務による行為は、罰しない。」となっていますし、医師法 第四章 業務 の中の 第十七条では、「医師でなければ、医業をなしてはならない。」となっています。

 合わせると「医師による正当な医業による行為は罰しない」になります。

 そして医師法第二条で「医師になろうとする者は、医師国家試験に合格し、厚生労働大臣の免許を受けなければならない。」医師法第九条で「医師国家試験は、臨床上必要な医学及び公衆衛生に関して、医師として具有すべき知識及び技能について、これを行う。」となっています。

 臨床上必要な医学及び公衆衛生に関して、医師として具有すべき知識及び技能についての試験をし、合格したことで、「医師として具有すべき知識及び技能」を持っていると判断できるわけです。

 医業というのは、人の生死に関わる業務ですから、業務によっては、頻繁に人の臨終に遭遇することもあります。

 正当な医業による行為によってそうなったのか、医業上必要な注意義務を怠った行為の結果そうなったのかの判断は、正当な医業による行為がどういうものであるかが分からなければ判断のしようがありません。

 前者なら無罪、後者なら業務上過失致死傷罪に問われますが、あくまで医師であった場合です。何故無罪になるのかは「医師による正当な医業による行為は罰しない」ように厚生労働大臣の免許を受けているからです。

 「免許」を辞書で引くと「ある特定の事を行うのを官公庁が許すこと。また、法令によって、一般には禁止されている行為を、特定の場合、特定の人だけに許す行政処分。」となっています。

 そして、この中の「行政処分」を辞書で引くと「行政機関が国民に対し、法規に基づいて権利を与えたり義務を負わせたりすること。」

 このように、医師は、免許を受けることで、法令によって一般には禁止されている行為(傷害など)を、出来る権利を与えられているのですが、同時に医業上必要な注意義務も負わされているわけです。

 国の法は全国一律ですが、資格の中には全国一律でないものもあります。法の下に平等であるのに、場所によって、判断基準が違ってはおかしくなります。法に明記してある義務項目や免許(法に基づいて免許が交付されているので、法的義務が課されている)でないと人に義務を負わせることは出来ませんので、「資格」ではなく「免許」という表現をしました。

 もし医業をしていても、医師免許を持っていない人が、第三者を死に至らしめたら、それが客観的にみて医療業務として正当な行為であったとしても、医師免許を持っていないから医師に非ず、「医師でなければ出来ない業務」をしたので正当な業務行為にもなり得ず、行政も免許を与えていないので、業務上の注意義務も負わせていません。

 免許が無いことを自分で分かっていてその行為をしたわけですから、もう過失ではなく故意ですので問われる罪も違ってきます。医師でない人が医業をしたわけですから、まず医師法第17条違反の罪に問われ、「三年以下の懲役若しくは百万円以下の罰金に処し、又はこれを併科」の罰を受けることとなりますが、それだけでなく、刑法の傷害致死や殺人罪にも一緒に問われて、結果、重い刑罰を受けることになります。



自動車運転の場合

 同じ自動車運転行為でも、情状によっては、問われる罪が変わります。

 自動車運転致死傷罪は、過失犯として、刑法 第二十八章 過失傷害の罪の章の中に、第二百十一条第2項 としてありますが、危険運転致死傷罪は、故意犯として、刑法 第二十七章 傷害の罪の章の中に、第二百八条の二 としてあります。

刑法

第二十八章 過失傷害の罪
(業務上過失致死傷等)
第二百十一条  業務上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者は、五年以下の懲役若しくは禁錮又は百万円以下の罰金に処する。重大な過失により人を死傷させた者も、同様とする。
2  自動車の運転上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者は、七年以下の懲役若しくは禁錮又は百万円以下の罰金に処する。ただし、その傷害が軽いときは、情状により、その刑を免除することができる。

第二十七章 傷害の罪
(危険運転致死傷)
第二百八条の二  アルコール又は薬物の影響により正常な運転が困難な状態で自動車を走行させ、よって、人を負傷させた者は十五年以下の懲役に処し、人を死亡させた者は一年以上の有期懲役に処する。その進行を制御することが困難な高速度で、又はその進行を制御する技能を有しないで自動車を走行させ、よって人を死傷させた者も、同様とする。
2  人又は車の通行を妨害する目的で、走行中の自動車の直前に進入し、その他通行中の人又は車に著しく接近し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転し、よって人を死傷させた者も、前項と同様とする。赤色信号又はこれに相当する信号を殊更に無視し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転し、よって人を死傷させた者も、同様とする。

 同じ自動車を運転していての行為であっても、危険運転致死傷罪は、故意(未必の故意)の部分を証明しなければならないので、罪を適用するのに非常にハードルが高くなります。

 ちなみに、自動車を使って故意に相手を殺せば、言うまでもなく、殺人罪に問われますし、殺そうとしても、死に至らなければ、殺人未遂罪に問われます。

第二十六章 殺人の罪
(殺人)
第百九十九条  人を殺した者は、死刑又は無期若しくは五年以上の懲役に処する。

 ですので、車で歩行者天国に突っ込んで人を死傷させた秋葉原の事件の被告は、当初は自動車ではねているのですが、「殺そうとして」故意に車を突っ込んでいますから、殺人罪と殺人未遂罪で起訴されています。

 罪に問うためには、その罪に問うだけの要件を満たす必要があります。

 なにしろ過失行為ですから、その行為が過失であることを証明するには、通常行為で絶えず「他人の生命・身体に危害を加えるおそれのある」行為に接している必要があります。

 業務上過失の場合の業務では、「社会生活上の地位に基づき反復継続して行う行為で、かつ、他人の生命・身体に危害を加えるおそれのある」という要素を含んでいる仕事内容になることが必要になるわけです。

 例え仕事中のことであっても、この定義に該当しなければ、業務上過失致死傷罪には問えなくなるので、仮に罪に問うとしても、過失致死傷罪の方になるわけです。

 ちなみに自動車運転の場合は、自動車を運転出来るように、教習所に通い、試験を受けて免許を取ったことにより、運転が可能になっていますが、運転するための技能や法規なども習ってきていますので、運転中には絶えず注意義務があります。

 運転している限り、いつ何時事故に遭遇するか分かりません。通常運転していても車は鉄の塊ですから、絶えず「他人の生命・身体に危害を加えるおそれのある」状態であることには違いません。

 ですので、その注意義務を怠って相手を死傷させた場合には、(法改正前には、同様に業務上過失致死傷罪と言われていた)自動車運転致死傷罪に問われるようになるわけです。



料理屋が毒キノコだしたり、ばい菌おにぎり出した場合

 飲食店は、当然衛生面を気をつけているので、余程でないと無いと思いますが・・・

 この場合には、調理師免許が必要になりますし、店を設置する際には、保健所の検査も必要になります。免許を受けている行為ですから、注意義務は当然あります。

 「毒キノコだしたり、ばい菌おにぎり出した」りしてはいけないことを、調理師が調理師免許を取得する際に教育を受けています。もし、必要な注意義務を怠って相手が食中毒状態になったりしたら、必要な注意義務を怠って相手の生命・身体に危害を加えたことになりますので、業務上過失致死傷の罪に問われることとなります。

(業務上過失致死傷等)
第二百十一条  業務上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者は、五年以下の懲役若しくは禁錮又は百万円以下の罰金に処する。重大な過失により人を死傷させた者も、同様とする。



ベビーシッターの場合

 ベビーシッターも一応ベビーシッター資格認定試験てのがあるようですし、受験資格も以下の要件をすべて満たさないと受験できないようになっていますが、保育士のような国家資格と違いますので、はたして「必要な注意義務」を怠ったと裁判で断定できるような統一された教育がなされているとか、「社会生活上の地位」と言えるのかに疑問があります。

受験資格

(1) 満18歳以上の者
(2) 研修I(現行の新任研修)を受講し、修了証を有していること。
(3) 研修II(現行の現任I研修)を受講し、修了証を有していること。
(4) ベビーシッターの実務経験を有していること。

注)ベビーシッターの実務経験とは、(1)ベビーシッター(在宅保育)、(2)ファミリー・サポート・センター事業、(3)地方公共団体が実施する家庭的保育制度(保育ママ等)、(4)協会会員が運営する保育施設のいずれかにおける実務経験(時間数は問いません)のことをいいます。

 ベビーシッターが、過失で「他人の生命・身体に危害を加えるおそれのあるもの」は、抱っこしている時や入浴時に落としてしまった場合くらいですから、抱き方に問題が無ければ、何ら問題もありませんし事故も起きません。ちなみに、ベビーを寝かせていて触りもしなければ、「他人の生命・身体に危害を加えるおそれ」もゼロです。

 ベビーシッターの行為が、「反復継続して行う行為で、かつ、他人の生命・身体に危害を加えるおそれのあるもの」なのかにも疑問があります。

 はたして、業務上過失致死傷罪に問えるだけの要件を満たすのだろうか?と思いますね。

 ですので、業務上過失致死傷罪ではなく、過失致死傷罪になる可能性が高いと思うのですが、刑法では以下のようになっています。

(過失傷害)
第二百九条  過失により人を傷害した者は、三十万円以下の罰金又は科料に処する。
2  前項の罪は、告訴がなければ公訴を提起することができない。
(過失致死)
第二百十条  過失により人を死亡させた者は、五十万円以下の罰金に処する。

 両方とも、罰金刑以下の規定しかない罪ですし、過失致傷罪の方は親告罪で告訴を要します。

 もし、親告罪において被害者が重い障害になり、自分で告訴出来なくなったとしても、告訴権者は、原則として被害者(刑事訴訟法230条)ですが、それ以外にも下記の人なら告訴出来ます。

○被害者の法定代理人(刑事訴訟法231条1項)
○被害者が死亡したときは、被害者の明示した意志に反しない限り、被害者の配偶者、直系の親族又は兄弟姉妹(刑事訴訟法231条2項)
○被害者の法定代理人が被疑者・被疑者の配偶者・被疑者の4親等内の血族若しくは3親等内の姻族であるときは、被害者の親族(刑事訴訟法232条)
○親告罪において告訴権者がいない場合は、検察官が利害関係者からの申し立てにより告訴権者を指名する(刑事訴訟法234条)

 事故として考えるものには、食事で無理に食べさせて喉に詰る(喉に詰るくらい無理やりに食べさせた)場合も可能性としてはありますが、それの場合は、過失ではなく故意になります。事故ではなく事件になり、もし、相手が死に至った場合には、未必の故意でも認定可能ですから、業務上過失致死罪より罪が重い傷害致死罪や殺人罪に問われることとなります。



看護師の勘に頼ってどの血液型の血液を患者に輸血するか決める輸血での死亡。(非常時では無い場合と仮定する。)の場合

 こういう状況は、ありえないことと思いますが・・・ 一応。

 看護師なら輸血の際に血液型を確認する重要性は充分に分かっています。

 「看護師の勘に頼って」と看護師自身の勘(物事の意味やよしあしを直感的に感じとり、判断する能力)に頼った以上、看護師自身が自分の考えを定めて行動しているし、輸血の際に血液型を間違えて輸血したらどういう結果を引き起こすことになるか分かっているので、「犯罪事実(患者の死)の発生を積極的には意図しないが、自分の行為(勘に頼ってどの血液型の血液を患者に輸血するか決める輸血)からそのような事実(患者の死)が発生するかもしれないと思いながら、あえて実行する場合」となり、未必の故意になると思います。

 ただ、看護師自身がどの程度まで犯罪事実の発生を許容していたのかで、問われる罪が変わってくるように思います。

 「重症になるかも知れないが、死に至ることはないだろう」であれば、刑法第二百五条の「身体を傷害し、よって人を死亡させた者は、三年以上の有期懲役に処する。」になりますから、未必の故意での傷害致死罪に問われることになると思いますが・・・

 「その行為によって死ぬ場合もあるだろう」であれば、未必の故意での殺人罪(刑法第百九十九条  人を殺した者は、死刑又は無期若しくは五年以上の懲役に処する。)に問われることになると思います。

 「看護師の勘に頼ってどの血液型の血液を患者に輸血するか決める輸血での死亡。」これだけの状況だけでは、看護師がどの程度の能力を持っているかとか、いろいろな情状が分かりませんので、どちらの罪に問われるかは、判断が出来ないですね。


 ちなみに、ただ単に(2本並んでいて間違えたとかの)不注意で、確認しなければならないのを確認しないで輸血したのなら、血液型を確認しなければならないという注意義務を怠った形で、看護業務において「一定の業務に従事する者が、その業務上に必要な注意義務を怠ること。」により業務上過失になると思います。

 業務上過失ならば、業務上過失致死罪(刑法第二百十一条  業務上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者は、五年以下の懲役若しくは禁錮又は百万円以下の罰金に処する。)に問われることになると思います。

 また、わざとなら、「罪となる事実を認識し、かつ結果の発生を意図または認容している場合」になりますので故意になると思いますが、これも、看護師の「罪となる事実の認識と結果の発生の意図(許容)」が、重症か死かで違ってくると思います。

 「罪となる事実の認識と結果の発生の意図(許容)」が重症ならば、その後の結果で死に至っていることになりますので、刑法第二百五条の「身体を傷害し、よって人を死亡させた者は、三年以上の有期懲役に処する。」になりますから、故意での傷害致死罪に問われることになると思いますし・・・

 「罪となる事実の認識と結果の発生の意図(許容)」が死ならば、故意での殺人罪(刑法第百九十九条  人を殺した者は、死刑又は無期若しくは五年以上の懲役に処する。)に問われることになると思います。


 今は、骨髄移植ではHLAの一致があれば、血液型が違っていても移植可能ですから、骨髄移植後に血液型が変わっている例もあるし、そういう治療が可能な時代ですから・・・ はたしてどの程度まで違った血液型の輸血をすると、間違い発見後に治療及ばず死に至るのかも見当つきません。

 看護師がどういう風にしたのかとか、いろいろな状況が分からないと判断できないですから、実際に起きたとしたら、まず、任意で事情聴取をして、詳しく調べてからでないと、容疑も決まらないと思いますね。



主婦がベランダから物干し竿を落っことして、下にいた人に当たって死亡。の場合

 主婦業という業務も確かに業務ですが、ベランダから物干し竿を落としてはいけないことは、一般常識であって、法に明記されているわけでもなく、主婦免許によって、主婦に権利を与えたり、義務を負わしているわけでもありませんので、業務上過失に当たりません。

 事例2の「主婦がベランダから物干し竿を落っことして、下にいた人に当たって死亡。」は、「主婦がベランダから(不注意で)物干し竿を落っことして、(たまたま)下にいた人に当たって(当たり所が悪く)死亡。」になります。

 何故こうなのかは、物干し竿が、細くて、長くて、大して重くない物であること。物干し竿が落ちていく最中にも人は動いている可能性が高いこと。かなりの高さから縦に落ちないと、当たった際の衝撃が強くならないので、余程の偶然が重ならないと死に至らず、どちらかと言うと死に至る可能性がかなり低いからです。

 不注意によって、偶然が重なりそういう結果を引き起こしているので、業務上過失の「一定の業務に従事する者が、その業務上に必要な注意義務を怠ること」ではなく、過失の「不注意によって犯罪事実の発生を防止しなかった落ち度」になります。

 ですので、罪に問われるとしたら、過失致死罪になると思います。
(過失致死)
第二百十条  過失により人を死亡させた者は、五十万円以下の罰金に処する。

 このように、業務内容によっては、刑法第二百十一条上の業務に当たらない場合もあれば、業務上の行為であっても、行為に至った経緯などによっては未必の故意で別の罪に該当してしまう場合もあります。



刑事免責の主張について

 今回の大野病院事件で医療関係から刑事免責の主張が出たのですが、すべての刑事免責でなく、あくまで業務上過失致死傷罪での刑事免責だと思います。

 私が大野病院事件の起訴状を見ただけで、大して考えなくても、この起訴事実なら、正当な産科医療行為だから、刑法第三十五条の規定により犯罪不成立になるから、当然の事ながら検察が言うような、注意義務や過失はないと判断したのです。

 大野病院事件の元被告が、あのような起訴事実で起訴されたのですから、無理からぬことだと思いますが・・・ 実際の法では、基本的に刑事免責されているのですよね。

刑法

第七章 犯罪の不成立及び刑の減免

(正当行為)
第三十五条  法令又は正当な業務による行為は、罰しない。

 刑法第三十五条で「正当な業務による行為は、罰しない。」と規定されているので、正当な医療業務は犯罪にならないのです。

 ですので、本来であれば、正当な医療行為を逸脱した時に罪に問われるわけです。

 「法の下に平等」という大原則があるので、医療従事者だけを刑事免責して除外することは出来ません。運用面で大野病院事件のようなことが起きなければいいのです。

 今回の大野病院事件では、一部捜査機関が、医学、医療についての無知さをさらけ出した状態で無罪判決が確定しましたが、日本の裁判は判例主義です。この無罪判決を判例として残したことが、すごく大きなことになります。

 捜査機関は、医療事故に対しての逮捕、起訴に慎重になりますし、判例が出来たことで、正当な医療行為の結果なら犯罪不成立になることを捜査機関がモンスターに言えますので、捜査機関でも対応に苦慮していたであろうと思われるモンスターへの対応が容易になると思います。

 大野病院事件で無罪判決が確定しましたし、あらぬ誤解を生みやすいですから、「刑事免責」という言葉を使っての主張は、止めた方が無難だと思いますね。

 ただ、捜査機関は捜査のプロであって医療のプロではありませんし、モンスターへの対応にもそれなりの鑑定結果が必要だと思いますので、正当な医療行為なのか、逸脱している医療行為なのか、どちらなのか分からない場合には、それを判断する第三者機関の設置だけは必要だと思いますね。

 その第三者機関が出来ても、一抹の不安は残ると思います。

 やはり、餅は餅屋ですから・・・

 医療に関しては、前もって自分のかかりつけ医師(主治医)や重病の際に安心して任せれる病院や医師を探しておくのと同じで、刑事事件ならどの弁護士に頼もうとか民事訴訟ならどの弁護士なら安心できそうだなと、前もって探してあれば、慌てなくても済みます。

 医師も得意科目があるのと同じで、弁護士も得意分野がありますから、最低でも民事と刑事を一人ずつ探しておくと良いのじゃないかと思います。

 なにしろ、土壇場になってから、能力が高い人を探すのって、すごく大変なことですからね。
更新日時:
2008年09月05日


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